[PR]

襲撃事件資料室から:11

 一連の朝日新聞襲撃事件は、東京本社が最初の標的だった。「パシャッ」。1987年1月24日夜、窓に何かがぶつかるような音を広告局員が聞いた。だが異常は見つけられなかった。

 2日後、通信社に犯行声明文が届いた。「われわれは(中略)反日分子を処刑するために結成された実行部隊である(中略)朝日新聞社への行動はその一歩である」。警視庁も社屋の周辺を調べた。それでも、何も発見できなかった。

 その後、阪神支局、名古屋本社の社員寮と襲撃が続き、警察庁が改めて調べ直すよう求めた。10月1日、警視庁が外壁などを調べ、弾痕を見つけた。

 2階東南側、広告局のガラス窓や窓枠の二カ所に散弾の痕跡があった。ガラスの表面が削れ、散弾の鉛とみられるものが食い込んでいた。窓枠の表面にも散弾粒の跡が斑点状に残っていた。