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 6年前、津波に襲われ、停電した東北の被災地に情報を届けたのはラジオだった。震災後すぐに、様々な思いでマイクに向かったパーソナリティーたちは、いま何を思うのか。

「忘れたい気持ちも」

 揺れを感じた時、大竹まこと(67)は東京・浜松町にある文化放送のスタジオで、生放送中だった。

 ビルの9階。2時間半の番組は後半にさしかかり、向かいに座った室井佑月がゲストを紹介する原稿を読んでいた。初め2だったスタジオ内の震度計が、みるみるうちに5弱を表示。椅子を強くつかんだ。

 「室井が読み続けているから『ちょっと』と遮って。後で聞いたら、怖くてやめられなかったらしい」。すぐニュースに切り替わった。しばらくして窓の外を見ると、お台場の方から黒い煙が上がっていた。

 平日午後1時からの「大竹まこと ゴールデンラジオ!」。3日後の月曜日も放送したが、その時のことはよく覚えていない。「恐らく忘れたい気持ちもあって」。テレビで繰り返し流される津波の映像。どんどん増える犠牲者の数。「本当にこの国のことなのか、と受け止められなかった」

 被災地にはその後、仕事やプライベートで7回ほど訪れた。宮城県気仙沼市では、家の土台だけが残る荒れ地を歩いた。「あちこちに人が集まっていて、慟哭(どうこく)がウワーって聞こえてね。ここが静かになると、また向こうから聞こえて」

 震災から約8カ月後の11月3日。浜松町で開かれた復興イベントの会場で、岩手から来た父子に声をかけられた。津波にのまれ6人家族で2人だけ助かった。この子を抱いて死のうと海に入ったが、思いとどまったという。小学生の息子は「ラジオいつもパソコンで聞いてます」と話した。「その子の目に恐怖が宿っていて。その彼らが電車賃を使って来てくれたのかと思うと……」

 大竹は直後の公開特番のトークショーで父子との出会いに触れ、声を詰まらせながら語った。「1人聞いてくれたらそれでいい。あのバカの言ってたことが背中を押したな、って思ってくれたら。今日は俺の1人のリスナーに会えたから、うれしかったです」

 父子とはその後も交流が続いて…

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