『震災6年 星北斗さんからのメッセージ(福島県郡山市)』
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被災地からのメッセージ2017(8)

 福島県では、東日本大震災や福島第一原発事故が起こる前に暮らしていた地域から、今も約4万人が県内に、約4万人が県外にそれぞれ避難している。福島県郡山市で星総合病院を経営している医師の星北斗さん(52)を訪ねた。被災地が抱える課題とともに、急激な高齢化と医療や介護の人材不足から見えてきた日本の医療や介護の課題を語ってもらった。

 

医師不足も看護師不足もまだら模様

 震災で被災地となった福島、宮城、岩手の3県の医療・健康・介護に携わる人たちから、直接、全国の人たちに伝えたいことを寄稿文に書いてもらうとともに、記者が現場を訪ねて動画インタビューをしたアピタル・オリジナル企画「被災地からのメッセージ」シリーズ。星さんは、2015年、2016年、2017年と毎年、寄稿文を寄せてもらっている。まず、2016年の寄稿文にあった「医療従事者の不足は震災前から深刻で、5年前のあの日を境に更に急速にその度合いを高め、本県医療の前に立ちはだかっている」という状況が改善に向かっているのか、尋ねた。

 「(県外の大学病院や学会などから)支援に来て下さっていた人たちが段々地元に戻るということも起きています。(医師の)絶対数は増加に転じていると思ってもらっていいですが、そもそも福島県全体が医師不足、看護師不足の地域です。中でも会津地方など元々数が少ない地域がありますし、まだまだ足りない状況が続いています」

 医療を安定的に提供していくためには、医師に加え、看護師の確保が大きな課題だ。星さんは、看護学校の院長もしている。

 「看護師の状況はまだら模様だと思います。多くの看護師さんが集まってきている病院や地域もあれば、看護師さんが敬遠したり、集まりにくかったりする地域があり、格差が広がっているんじゃないか。全体的に不足傾向ですが、病院間、地域間でまだら模様になっていると思います」

 看護師が集まる病院と集まらない病院の違いは何か。看護師を育成して医療機関に送り出す立場でもある星さんは、どう見ているのか、具体的な違いを挙げてもらった。

 「一つは地域の問題があると思います。特に(福島県の太平洋沿岸地域である)浜通りは、住民の帰還が困難な地域を抱えていますし、その周辺の病院は放射線の影響を案じてということなのかもしれませんが、そういう地域には看護師は集まりにくいです。会津若松から奥の方の(山間部の)地域はアクセスの問題で集まりにくいということがあります。ただ、病院経営という立場からすると、病院自体が持っている魅力だとか、教育だとか、そういうものが、看護師さんが病院を選ぶときの大きな条件になっているので、努力している病院とそうでない病院との違いもあると思います」

 

福島から見えてくる在宅推進の課題

 日本では今、医療や介護サービスを利用する高齢者の急増、共働き世帯の増加、核家族化などといった社会構造の変化とともに、持続的な制度維持のため、社会保障給付費の抑制が大きな課題だ。それに加え、福島県内では、福島第一原子力発電所の事故により、家族がばらばらになったり、避難によって大規模な人口移動が起こったりするなど、医療や介護のサービスを受けたり、届けたりする上で、大きな課題を抱えている。

 各都道府県は、行政や医療の関係者らが中心となり、体制整備のロードマップとなる「地域医療構想」や「地域医療計画」を作っている。福島県の地域医療構想作成には、星さんも参加した。そこで分かったこともあるという。

 「地域ごとにかなり違いがある。老人向けの入院・入所施設が非常に多い地域と全くないところとあるわけです。入所するところがたくさんある地域は、『在宅をあまり考えなくていいんじゃないの』という機運があったり、一方で入所するところがなくて家に帰らなくてはいけないけど家に帰ったら家族もいないし、支援もないといった地域があったりして、同じ県でもかなり違います」

 日本全体をふかんすると、「西高東低」と言われるように、西日本に医師や人口当たりの病床数が多く、同じ日本国民でも、暮らしているところによって、イメージする老後の医療・介護が違ってくる。福島県内でも同じようなことが垣間見られるということだ。

 「在宅で面倒をみるとなれば、病院に入院させたり、介護施設に入所させたりするよりも、ずっと多くの人手がかかると思います。これは、医療費・介護費を増やすということになるのかもしれません。先ほど申し上げたように地域ごとの違いが大きいので、全国一律でなく地域ごとに考えないといけない課題がたくさんあると思います。小さな地域ごとにどうやって在宅を支えるとか、高齢者や孤立しやすい人たちをどうやって支えるかといったことを考える仕組みが必要ですし、特に福島県では必要だと思います」

 在宅療養は病院や介護施設でケアするよりも多くの人手が必要になると指摘する星さんだが、一方で医療や介護の人材不足を抱えている中で在宅医療や介護を推進していったときに負担は誰が負うのか、尋ねてみた。

 「僕は平成元年(1989年)ぐらいから、こういう医療業界にかかわっていますけど、当時も老人医療(政策)を担当している人たちを前に話をして、今も同じことを感じているんです。在宅に(患者が)行けば見た目のコストは下がりますよね。24時間看護師さんがいるわけではない。週に1回くるだけ。後は誰がみるのか。ヘルパーが行きますといっても、24時間いてくれるわけではない。そうすると、家族がみることになる。家族がみるコストは、社会保障の費用の中に入ってこないが、社会が負担しているコストには変わらない。例えば、奥さんが仕事をしていたけど、夫が在宅に戻ってくるので仕事を辞めましたと。この人たちが生活保護を受けるようになれば、医療費も生活保護費(医療扶助)から出され、(社会保障の費用の)医療・介護費からは消えてしまう。そんなことが起きていて、見た目のコストが減り、社会保障費の中の医療費や介護費が減れば、それが国の目指す方向だとすれば、どこかに負担が行っていることは間違いないと思います。厚生労働省が在宅医療や介護を推進するときにアンケートを取れば、必ず、『(回答者は)家で医療や介護サービスを受けたいと言っています』と言います。でもどうですか。子供に迷惑がかかるので病院に入れておいて欲しいというのが本当のところだと思います」「元気な人に、『どこで療養したいですか』『どこで死にたいですか』と聞いて、『もちろん、家族に囲まれてお家で死にたい』という(回答があった)ところまでしか説明しません。それが善であり、それを目指すべきであり、それが見た目の社会保障費を減らすことになって社会保障制度を継続できると言いますが、僕はもう一度立ち止まって考えるべきだと思います。社会的なコストを誰がどういう形で負担するのかということを前提に、住まいのこととか、家族構成のこととか、地域のインフォーマルな支援の仕組みとか、そういうことをもう一度考え直さないといけない。家族だけに負担を押しつけるのでは、本当の意味で在宅療養を増やしていくということと意味が違うと思います。『病院の都合で入院期間が何日を過ぎると診療費が減るから出て行って下さい』『行き先は自分で探して下さい』というのが、我々が目指す福祉なのか医療なのかというと、僕は疑問に思わざるを得ない」

 星さんが指摘するような厳しい現実は、首都圏のベッドタウンを含め全国各地で起きており、この企画「被災地からのメッセージ2017」シリーズでインタビューした福島、宮城、岩手の医師らの見方も共通している部分がある。

 「厚労省が目指す医療のかたちを診療報酬制度の中に(細かな要件による政策誘導として)作り付ける。そうすると(医療機関は診療報酬を多く受けられるようにするために)それを最大化しようとするのは当然ですよね。(医療行為による)収入を最大化するために、(診療報酬制度の)約束事に反しないようにしながらいかに最大化するかを考える。しかし、政策誘導しようとする方向と全く違う方向に動くことだってあると思います。一時、訪問診療をする際、一つの建物の中にいる在宅患者をぐるぐる回って診療報酬をそれぞれから取っていくことに対し、(厚労省が)だめだと言って減額した。そのことで、それまでそういう周辺を一生懸命やっていた在宅医も減額されてしまう。何かを封じ込めようとか、何かを増やそうとしたときに、その政策が(厚労省の)思い通りに動かなくなっている。診療報酬の制度的な限界だと僕は思います」

 「結果が大事にされるべきですが、結果をはかるのは大変難しいし、結果にお金をつけることに我々も厚労省も経験がないのでなかなか踏み出せない。従って診療報酬を細かくいじって、そのたびごとに問題があって修正する。これは限界に来ていると言った方がいいと思います」

 星さんはオランダを例に挙げた。高齢者が元気なうちから、街の中心地に自主的に移り住み、集団を形成して地域をつくっている。訪問看護も歩いたり、自転車で行けたりする範囲に患者さんを抱えている。ところが、日本では、軽自動車を購入し、30分かけて次の家に行くということがある。

 「たぶん住まい方とか、住宅問題だと僕は思います。日本では、医療・福祉(介護)の問題と住宅問題がまったく別な次元で今まで語られてきた。住宅は個人的なものですよと言い、それを超えて突然、サービス付き高齢者住宅のようなことがあるけど、みんなが自分たちの住む地域を医療や介護とセットで選んでいくようなことを、元気なうちからするような時期に来ていると思います」

 

居住制限解除が進む双葉郡の医療の未来

 原発事故によって居住が制限されていた地域のうち、今年4月1日には双葉郡の富岡町が解除される。双葉郡には、県立大野病院や双葉厚生病院といった公立や公的病院があった。福島県は今、富岡町に医療の拠点を作る計画を進めている。双葉郡の医療や介護をどう再構築していけばいいのか、住民の多くが戻ってこないことを前提にダウンサイジングした計画を進めればいいのか、戻ってこられるために前倒しで震災前の規模の復興を目指す計画を進めるべきなのか、星さんの考えを聞いた。

 「様子を見ながらいくしかないと思うんですね。住民全員が戻ってくることを前提に大がかりな病院を整備することがいいのかというと、建物は建つかもしれません。しかし、(医師や看護師、薬剤師、病院スタッフといった)従事者はどうするかと言ったとき、また全国から公募をかけることがあるのかもしれませんが、長年にわたってこの地域を支えていくには地元出身者や実際に福島に住んでいる人たち、福島に住もうと思ってくれている人たちが支え合うような形にしないと、うまくいかないと思うんですよね。(人を)借りてきて、最初はいいけどだんだん人が減っていってしまうようだと本末転倒だと思うんですよね。住民はそれを信じて帰ってきたけど、医療崩壊するような状況になってはいけないと思います」

 そのうえで、具体的なアイデアはないのか。

 「これから何が必要かというと、建物も必要ですが、この地域を地域で支えていくという気持ちを医療従事者も地域住民も共通認識として持つべきだと思います。現実には、居住制限が解除になった(楢葉町などの)地域で若い人たちが帰ってきてくれないことが非常に大きな問題となっていて、結局、お年寄りだけが戻ってきている。そうすると、余計に医療や福祉(介護)の資源が必要になる。医療や福祉(介護)の資源を提供するのは、比較的若い世代ですよね。しかし、若い世代は来てくれない。この泥沼、抜け出せないところから抜け出すためには、何かやればうまくいくということはないと思います。県立医大が支援して医療センターをつくる動きがありますが、これは一つの核になる可能性があると思います。困ったときに入院させることができたり、困ったときに紹介して診てくれたりする体制がなければ、きめ細やかなサービスをする開業医たちがスタンドアローン(孤立)でいって、(患者を)送ろうと思ったらドクターヘリを呼ばないといけないとか、何時間もかけて救急車で運ばなくてはいけないとかいうことは、つらいと思います。ですから、中核になる病院は必要ですが、それ一つでことが足りるのかというとそうではない。(地域で医療などの)ネットワークを作っていくことが必要ですし、人の確保の話も同じだと思います。震災直後、あまり機能しなかったけど、周辺の医療機関からの支援も僕はあってしかるべきだと思います。周辺とは、いわき市とか郡山市とか福島市とかの医療機関に勤めている人が、一定期間、お手伝いするというスタイルは、もしかしたら全国から公募にかわるかたちとして必要になってくるだろうと思います」

 

教育現場で科学的な放射線教育を

 星さんは2015年の寄稿文に「私たちは放射線のことをあまりにも知らなかった」と書いていた。それから2年。この状況は改善していっているのか。

 「歴史として福島の出来事をとらえるだけでなくて、科学として放射線の問題を正面から子供たちに理解してもらうことが必要だと思います。政策的に『我々は唯一の被爆国だ』と言いながら、だからこそかもしれませんが、放射線の問題を腫れ物に触るようにしてきましたけど今や腫れ物でもないとおもうので、もっと腹を割って放射線の問題を専門家と教育に携わる人たちが話して、子どもたち、次の世代の人たちにきちんと伝わるようなことにつながって欲しいと思います」

 

福島の未来にかける

 福島県からは親子で自主避難している人たちも多くいる。福島で医療再生や地域再生に取り組む星さんからメッセージをお願いした。

 「本当に厳しいことだと思います。自主避難をしている人たちも、6年という月日が経ち、そこにしっかり根をおろしていると思います。ですから、その人たちが帰ってくるか帰って来ないかは、その人たちに選んでもらうしかありません。放射線量がこれだけ下がったから帰るということではないと思うので・・・。もちろん、そういう努力はしていくべきだと思います。僕は、高校卒業するまでは福島県にいたけれど、(大学進学で県外に出てからは)もう福島には戻ってこないという二次的自主避難者が、今後じわじわと出てこないようにしたいと思います。ただ、これから関東圏は(医療や介護の)大幅な人材不足を迎えるわけです。圧倒的な人材不足。そうすると、(東北から)上野駅に向けて集団就職列車が行った時代のように、爆発する東京近県の高齢者の医療や介護のサービス提供者として、東北からかなり強い力で(若い人たちを)引っ張っていくという気もするんですね。三重苦ですよ。だから、魅力のある地域に福島をしていくことが絶対に必要だと思っていて、魅力のある地域って何だろうと思うんですね」

 今、地方で先進的な取り組みをしてきた総合病院の中には、首都圏などに進出するところも出てきている。

 「私は震災の後のこの街の医療に全身全霊を傾けるべきだと思っています。さらに言えば、『介護難民』『医療難民』のような人たちをこの街で受け入れられないかなと思うことに注力すべきであって、例えば肩に看護師さんをいっぱい乗せて東京近郊で増えるであろう高齢者の面倒をみることによって利益を確保して、(福島での)地域医療に再配分するということも経営的なことを考えればあるのかもしれませんが、私は(医師や看護師といった)リソースを分散するのではなくて、この街に根付いた病院として、この街のサービスとして有り続ける方が価値があると思います」

 

■■星北斗さんからのメッセージ■■■

 震災から6年が過ぎて多くの国民の記憶が薄れようとしている中にあって、福島の「今」が、大多数の第三者にとってある意味で止まったままと思われてしまっていると感じ、嘆いているのは私だけではないだろう。時折報道される震災後の福島県の様子は、ある側面を捉えているに過ぎないものも多いが、県民の一人としてその度に一喜一憂しつつ復興はまだ道半ばなのだ、と思い知らされる。それでも、今、確実に前進しようとしている私たちの仲間の努力を伝えたいと思う。

 そもそも、県民健康調査(当時は県民健康管理調査)が始められたのは、様々な観点から県民の健康を見守る活動が必要だという認識が多くの関係者に共通のものであり、多くの専門家の議論と熱意の下で原子力災害の直後からその計画が立てられ実行に移されたことは、遅きに失したという批判もあるが、その場面に立ち会った者の一人として改めて申し上げておきたい。

 放射線の直接的あるいは間接的な健康影響については、人類のこれまでの経験とその結果がもたらした知見によって示されるほかなく、完全なものとは言えないのは科学の限界そのものであり、影響があったかどうかという側面にのみ衆目が集まるのは事の特性からしてやむを得ないのであろうが、当事者の一人としていささか落胆せざるを得ない。

 将来起きるかもわからない小児の甲状腺への影響について、様々な観点からの議論を経て観察を続ける必要があると判断し、これまでに経験のない大規模な超音波検診を導入したが、私の当時のそして現在までの一貫しての憂慮は検査そのものを継続していく体制が維持できるか、というものである。検査開始後から現在に至るまで全国の多くの専門家が代わる代わる福島に足を運んで実際の子供たちの検査に当たってくれているが、当時の私の懸念は、このような支援がいつまでも続くとは思えない、あるいはいつまでもこれら全国の専門家の力だけに頼っていてはいけない、という思いである。

 当時開催されていた検討委員会で何度となくこの件について発言し、多くの関係者の理解を得ながら、県医師会が主導する形で甲状腺超音波検査を担当する医師等に関する研修会や資格認定の仕組みを作って来たことはあまり知られていない。その後、環境省、県、県立医大、甲状腺関連学会等のバックアップを得て、現在では多くの認定を受けた医師等が長期にわたる継続的で身近な相談者としての役割を果たすべく、徐々に県内外の専門家から県内一般医家にその主体が移りつつあることも知って欲しいのだ。

 子供たちやそのご両親を始めとする多くの県民が抱える、未来への不安の払しょくは容易でないことは明らかである。今の福島は放射線と健康影響に関する知識の不足による不安ではなく、放射線の影響に関する「科学的な」解説を専門家が説く時ではなくなっている。むしろ、逃れられないからこそ発現する心の軋みにどう専門家が向き合うのか、ということではないだろうか。その意味において、我々は身近な相談者として、県民の健康に向き合い、不安に寄り添うことをもう一度確認すべき時を迎えているのではないだろうか。

<アピタル:東日本大震災・被災地からのメッセージ>

http://www.asahi.com/apital/special/shinsai/(岩崎賢一)

岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき・けんいち) 朝日新聞記者

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで、医療を中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当を経て、現在はオピニオン編集部。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』、『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)