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 2015年に朝日新聞が実施したアンケートから、被爆者の声を紹介してきた連載「ことづて」。核をめぐる状況が見通せない中、被爆72年目となる今年最初のシリーズでは、爆心地近くで惨状を体験した人たちを取り上げます。

栗崎郁子さん(90)旧広島市小町で被爆

 中国電力の前身、中国配電本店はあの日、原爆による熱線や爆風を旧広島市小町(現・中区)で浴びた。爆心地から約700メートル。本店内の情景について、県が発行した「原爆三十年」に、こんな一節がある。

 《ある死体は、窓の金属製サッシュの槍(やり)のようにとがった破片が頭に突き刺さって即死しており、もう一人は、裂けたサッシュが背中をつらぬいて、その瞬間、爆風に吹きとばされたのであろうか、壁面にはりつけにされたような姿で死んでいた》

 鉄筋5階建ての建物は外形を残して全焼したが、地下室にいたという東京都大田区の栗崎郁子さん(90)は、命をとりとめた。「原爆のことをよく『ピカドン』と言うけれど、私は『ピカ』は見ていないんです」

 広島市立の高等女学校(現・市立舟入高校)を1943年3月に卒業後、中国配電の株式課で働き始めた。友人の多くは、旧陸軍の施設や武器の工場などに割り当てられていた。軍国教育の影響で「事務職ではお国のためになれない」と悔しい思いをしていた。

 なぜ地下室にいたのか覚えてい…

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