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 連載「吾輩は猫である」への感想を募集したところ多数の手紙やメールをいただきました。「こころ」から3年にわたった漱石作品の連載が終わるのを機に、読み返して得られる新たな喜びなど、その一部を2回に分けて紹介します。

ようやく読破へ

 埼玉県の桐川圭人さん(82)は、高校時代、英語の教科書に引用された「こころ」で漱石を知り全集などをそろえた。60余年ぶりに漱石作品に「再会」し、「青春時代とは異質の感動を受けた」と驚いた。「歳月が自分の感性や人生観を変質させ、同じ作品を同じ人が再読しても全く新しい作品のように感じた」

 大学の卒論で漱石に向き合ったという島根県の土田恵美子さん(78)。その後も折に触れ漱石作品を読んできたが、「猫」は学生時代に途中で投げ出してしまったままだった。今回の連載で「やっと読破できそう」と満足そう。

 千葉県の斉藤雪子さん(73)は、「猫」を再読してみて「英国留学の苦しみからたどり着いた自己本位という主題を小説で試みた漱石の意図が随所にちりばめられている」と感じたという。「漱石が各小説の中で人物たちの心の中を探偵のように探索し、心の奥に入り込み、読者に考えさせていくのが好きです」

則天去私を連想

 東京都中野区の花崎明子さん(66)は「漱石小説の登場人物は、だれも他者の眼(め)で分析した自己の分身として現れてくる」という感想を寄せた。「吾輩」の最期が「私への執着から解放された『則天去私』」に呼応すると独自に分析。「デビュー作品がすでに作者自らの『則天去私』というゴールを予示しているように思われてならない」

 東京都東村山市の湯本正比十さん(82)は、第115回のなかで、「吾輩」が烏の勘公相手にいろいろとポーズをみせて脅してみるがことごとく無視される場面が好きだ。「60年前に読んだ記憶は薄れているが、今回、新聞で改めて読むと景色が見えてくる」と感じたそうだ。

 同じ場面を東京都小平市の岡埜晋平さん(71)は、中学時代の国語の教科書で初めて読み、「機を見るに敏なる吾輩は……」のフレーズが印象に残っていたという。再読して「何かユーモアを含んだ猫の負け惜しみだが、いやらしさを感じさせず、13歳の自分には素直に心の中に入り、すてきな言葉として受け取られたわけだ」と自己分析する。

文章生きている

 主人の家に集う知人たちが「談論風発」する場面が大好きという東京都練馬区の井手一彦さん(60)。「漱石の筆があたかも自分が猫になってその場にいるような臨場感を与えてくれるからだ」

 「奥の深い作品なのに小学生でも楽しめるところが漱石先生の偉いところ」。高校で国語を教える岐阜県の鵜飼陽一郎さん(50)の文学体験の始まりは、「猫」と「坊っちゃん」から。

 「文章が生きていて、100年の時を超えて、言葉の矢がビュンビュン突き刺さるようです。授業で音読すると大変気持ちがいい。そして、考えさせられる」(上林格)

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