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 神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件で、被害者の一人の山下彩花(あやか)さん(当時10)が亡くなってから23日で20年になる。母の京子さん(61)が朝日新聞に手記を寄せ、取材に応じた。「どれほどの時間が流れようとも姿は見えなくとも彩花の存在が薄れることはなく、私たちの中にしっかりと根を下ろしています」とつづった。

 彩花さんは1997年3月16日、当時中学生だった男性(34)に金づちで頭部を殴られた。事件後、京子さんは小中学校や企業などで「命の大切さ」を伝える講演に力を入れてきた。

 京子さんは「寄り添い、励まし支えてくださったたくさんの真心のおかげで今日まで日々を重ねることができました」と感謝を示し、「家族が20年をかけて学んだのは、『試練の中でこそ魂が磨かれ、人の幸せを願う深みのある優しさと、倒れても立ち上がろうとする真の強さが育まれる』ということです」と振り返った。

 3年前から京子さんは講演で、彩花さんがハイハイを始めた様子の写真などを映している。「事件を思い出すのはつらい。でも、世の中の子どもたちに被害者にも加害者にもなって欲しくないと切に願っているから、立ち続けられる」と話した。

〈山下京子さんの手記全文〉

 彩花が10歳でこの世を去って20年。彩花が生きた時間の倍の歳月が流れました。どれほどの時間が流れようとも姿は見えなくとも彩花の存在が薄れることはなく、私たちの中にしっかりと根を下ろしています。

 当時は、悲しみと絶望感に押しつぶされそうな毎日で、明日のことさえ考えられませんでした。そんな私たちに寄り添い、励まし支えてくださったたくさんの真心のおかげで今日まで日々を重ねることができました。毎年、3月23日は感謝の思いを確認する日でもあります。

 神戸の事件以降、少年法が改正され犯罪被害者等支援条例が制定される自治体も増えてきました。また教育現場や地域でも子どもを守り育てるという意識が大きく変わったように思います。しかしながら、残虐で短絡的な殺人やいじめによる自殺、虐待など子どもを取り巻く事件は後を絶ちません。悲劇が繰り返されるたびに心が痛くなるのは私だけではないでしょう。

 このような日本社会になってしまった理由には、自分さえよければいいという利己主義とお金やモノを多く所有することが幸せと感じる物質至上主義があるように思います。そういった刹那(せつな)的な幸福感はゆがんだ嫉妬心や孤独感を生み出します。事件の火種は全てこの思想にあると言っても過言ではありません。では何が必要なのでしょうか。それは、物質とは対極にある目に見えないものに価値があると認識することと利他の精神だと強く感じています。

 それを子どもたちに教えるには、大人が自ら人のために心を尽くし、人の役に立てる喜びを言葉だけではなく姿を通して伝えるしかありません。どんな状況にあっても誰も皆その人にしかできないお役目が必ずあるのです。そして、自分が生かされている現実や、周りの人に「ありがとう。おかげさまで」と感謝する心を忘れないことです。遠回りのようですが、こういった小さな積み重ねが命を大切にする思いにつながっていくのではないでしょうか。

 私たち家族が20年をかけて学んだのは、「試練の中でこそ魂が磨かれ、人の幸せを願う深みのある優しさと、倒れても立ち上がろうとする真の強さが育まれる」ということです。家族の絆もさらに強くなりました。それらは決してお金で買うことができない宝物であり、彩花が命をかけて教えてくれたことに他なりません。これからも、体験し学んだことを丁寧に社会にお返ししていくことが、私たちの役目だと確信しています。

 2017年3月23日

 彩花の命日に寄せて

 山下京子

     ◇

 〈神戸連続児童殺傷事件〉 1997年2~5月、神戸市須磨区で小学生5人が襲われ、山下彩花さん(当時10)と土師(はせ)淳君(当時11)が殺害された。同6月、現場近くに住む当時中学3年で14歳だった男性が殺人容疑などで逮捕された。男性は医療少年院に送致され、2004年に仮退院、05年に本退院した。15年6月に「元少年A」として事件の経緯などを書いた手記「絶歌」を出版した。