[PR]

 歴史的な宝を巡る「京都非公開文化財特別公開」が28日から10日間、京都市内の18社寺を会場に開かれます。長い時を生きる文物を守ってきたのは、人々の献身的な努力でした。春の京都を訪ねながら、陰の力にも思いをはせてみてはいかがでしょう。

黒こげの木造地蔵菩薩立像 寂光院

 京都市郊外、大原の里にある古刹(こさつ)、寂光院(じゃっこういん)が火災に見舞われたのは2000年5月9日未明だった。放火とみられている。こけら葺(ぶ)きの本堂が焼け、堂内に安置されていた本尊・木造地蔵菩薩(ぼさつ)立像(国重要文化財、高さ約2・5メートル)も黒こげになった。

 この地蔵菩薩は今、境内の収蔵庫にすっくと立ち、流れるような衣紋がはっきりと残っている。焼損後、全身が樹脂で固められ、原形を保っていることなどから重文指定が継続された。胎内にあった約3400体の小地蔵像(高さ10~15センチ)も多くが無事だった。

 その奇跡を生んだのは、火災当日に駆けつけた京都市消防局の消防士らによる消火活動だった。本堂は激しく焼けていたが、地蔵菩薩が立ち続けていることから、像の正面から放水するのを避けた。シャワーを浴びせるような「雨状放水」が用いられたとみられる。これで水の勢いが弱まり、像は大きく崩れなかった。

 「消火剤を使わなかったので、その後の保存処置に影響が出なかったと聞きました。また、炭化した地蔵像を無理に外へ搬出しなかったのもよかったようです」と、市消防局文化財係の梶原大助・前係長(現・防火安全係長)は話す。

 黒くひび割れた地蔵菩薩の姿は、1949年に焼損した奈良・法隆寺の金堂を思い起こさせる。この火災の時は放水のために壁が破られ、東洋の宝とも言われた壁画が大きく損傷した。

 しかし、どちらも苦難の歴史を今に伝え、静かにたたずんでいる。

     ◇

国宝・重文、根気の修理 美術院 国宝修理所

 寂光院の地蔵菩薩像の修理にあたったのが、京都市にある公益財団法人「美術院 国宝修理所」だった。岡倉天心が明治に創設した「日本美術院」の流れをくみ、多くの国宝・重文の修理を手掛けている。

 3月上旬、同市下京区の西洞院工房では、東京都世田谷区の浄真寺から運ばれた阿弥陀如来坐像(ざぞう)の修理が進められていた。江戸時代初期の木像で、9体ある「九品仏」の1体だ。仏師が宇治・平等院の阿弥陀像を詳しく調べ、その姿を写そうとしたといわれる。

 戦後、金箔(きんぱく)が落ちている姿を気に病んだお坊さんが市販のスプレー塗料で金色に塗り直した。「見た目は金色ですが、実は金を使った塗料ではないのです。そのため、表面がくすんでしまいました」と、八坂寿史工房長が教えてくれた。

 まずはこの塗料を落とす必要がある。様々な薬剤を試し、木の内部まで染みこまずに表面の塗装だけを浮かせる市販品を見つけた。そこから先は、寄木造(づくり)の全身を解体し、欠けた部分を補うなどして往時の姿に復元していくという。

 この像の修理は、9体ある阿弥陀仏のうち2体目。9体すべてに20年かかる。文化財の修理は手間と根気の集積だ。そうして、技術が次の世代へと伝えられていく。

     ◇

 2017年4月28日~5月7日(午前9時~午後4時)、古都の社寺に伝わる秘宝が披露されます。特別公開の拝観料収入は、文化財の修理や保存に役立てられます。(編集委員・小滝ちひろ

こんなニュースも