拡大する写真・図版 発症後初めて東京マラソンを走る表光代さん(中央)。感謝の思いをつづったタスキをかけて走った=表さん提供

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 手足に力が入らない難病「ギラン・バレー症候群」を抱えながら、マラソンを走り続ける女性がいる。2年間の入院と寝たきり生活を乗り越え、挑んだマラソンは20回以上。今も左足のまひが残るが、「挑戦を忘れたくない」と16日には、茨城県の「かすみがうらマラソン」に出場する。

 マラソンに挑戦しているのは、千葉県船橋市の表(おもて)光代さん(69)。11年前、筋肉を動かす末梢(まっしょう)神経に障害が起きて手足が動かなくなるギラン・バレー症候群と診断された。俳優の大原麗子さんや川口順子元外相も患った病気だ。

 当時、JICA(国際協力機構)の職員としてミャンマーに赴任していた。長引くのどの痛みや手足のしびれなど、予兆はあった。「病院に行こう」と思っていた日の朝。目が覚めると息が吸えず、気付いたときには、搬送されたバンコクの病院のベッドの上だった。

 人工呼吸器をつけなければ、呼吸もできない。まぶたも口も動かなかったが、頭の中は冷静だった。言葉を失い、自分の思いをまったく伝えられないことが、「屈辱」だと感じた。生きる希望が揺らいでしまいそうで、消灯後「生きる、生きる……」と、心の中で毎日100回唱えた。

 日本に戻り、リハビリが始まった。ベッドのリクライニング機能を使って上体を起こすと頭に激痛が走った。1分ずつ時間を増やしていき、車いすを蹴るようにして動かせるようになると、車いすを降り、自分で押して歩く練習をした。足が一歩前に出ると、「生きたい」という希望につながった。

 「毎日がスタート。毎日がゴール」「明日生きるために今日を生きている。少しましな自分の明日であるように。だから今日が大切」。人さし指と中指の間にフェルトペンをはさみ、思いをノートに書き留め、自分を鼓舞した。

 発症から2年。つかまり歩きが…

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