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 さいたま市の瀬戸くるみさん(14)は3年前、祖父に初めて手紙を書いた。

 「元気かな? 早く春になってあったかくなるといいね」「じじからの返事まってます!」

 すぐに神奈川に住むじじから返事が届いた。

 「最高のお手紙ありがとう」「くるのお手紙を楽しみに待ってるよ」

 11歳の孫と、70歳のじじ、桑野正勝さんとの文通がはじまった。

 くるみさんが花柄のレターセットに学校のことを書くと、じじは無地の便箋(びんせん)にびっしり感想をつづった。本、音楽、テレビドラマ……。口下手なふたりも、週1回の手紙ではおしゃべりになれた。

 くるみさんが遊びに行ってピアノを弾いても、じじは目を閉じて黙ったまま。次の手紙で、「感動しました」。

 文通をはじめる直前の2014年2月、じじは末期がんと診断されていた。「じじを励ましたい」。くるみさんは文通に願いをこめた。

 そんなじじは、長年の夢に挑戦していた。ブドウ栽培。県庁を退職後に故郷の岡山に家を借りた。黒ブドウのピオーネの木を2本植え、治療を続けながらも通い、育てた。

 「朝5時30分に起きてハウスに行きます」「散歩から帰ってピオーネの顔色をうかがうよ」。くるみさんへの手紙に情熱がにじんだ。

 秋、実がつき、くるみさんの家にも届いた。小粒で見栄えも良くなかったが、「とっても美味(おい)しかったよ! 来年も楽しみにしてるね」。くるみさんはそう記した。

 でも、翌年、ピオーネは届かなかった。じじからの便りも、滞りがちになった。

 昨年9月、1カ月半ぶりに絵はがきが届いた。乱れた文字で、5行。「生徒会の活動も大活躍、これからもがんばって下さい」。じじからの、お別れの便りになった。

 ふたりが交わした手紙は、2年半で160通。

 今年3月、じじの遺骨は岡山の墓に納められた。くるみさんからの最後の手紙も添えられて。

 「じじは文通で色々なことを教えてくれたよね。全部、全部、私の宝物です。また会える日まで待っていてね」(岩崎生之助)