[PR]

 第21回手塚治虫文化賞(朝日新聞社主催)の各賞に輝いた漫画家の皆さんから、喜びの声が寄せられた。贈呈式(5月31日)の記念冊子に掲載されるコメントを、一足早くお届けする。

「花に染む」がマンガ大賞・くらもちふさこさん

 和弓を題材に扱う際、弓を射る音を側(そば)で聞きたくて習ったのですが、技術的な事以外に体得することが多々ありました。日本語の語源から身体の仕組みまで、普段の生活で感じる不思議の答えを弓の中で見つけることもあり、意外なところにルーツはあるものです。

 これまでの執筆活動の中で最も難産だったこの作品。神事、和弓、刑事事件、分からないことばかりで、執筆時間の半分以上を調べ事に費やしました。

 がんじがらめだなと感じながら描いている時、ふと、『火の鳥』の我王の木彫シーンと重ね乗り切れたことがありました。少女漫画で活動してきた私ですが、幼年時代は手塚漫画で育ちました。この度の受賞で手塚漫画がルーツとは恐れ多くて申し上げられませんが、出発点ですと語れることを幸せに思います。有(あ)り難(がと)うございました。

新生賞・「昭和元禄落語心中」の雲田はるこさん

 この度は、敬愛する手塚先生のお名前を冠する賞を頂戴しまして、かけがえのない光栄を感じております。また、落語家さん方の絶え間ない研鑽(けんさん)の賜物である、古典落語の力におおいに頼らせて頂いた漫画ですので、其(その)方へも感謝を申し上げます。

 落語と漫画は似ている、と手塚先生がおっしゃっていました。三題噺(さんだいばなし)の形で作る限り永遠にアイデアは湧くとも、古典を存続させる為には、若い人が聞きたがる工夫をすべきだともおっしゃっていました。遠い未来「落語心中」作中のようなあの世の寄席で、この賞をご縁に手塚先生にお会い出来る光栄があったら、そんな落語のお話を聞かせて頂きたいです。

 落語と漫画の末永い発展の一助になれていたら幸いです。それを誇りに今後も漫画に励んでゆきます。

     ◇

 〈くもた・はるこ〉 2008年、短編『窓辺の君』(東京漫画社)で雑誌デビューし、翌年初単行本化。10年に初の長期連載『昭和元禄落語心中』を「ITAN」(講談社)にて執筆開始。同作完結後は三浦しをん原作の『舟を編む』(光文社)を「ITAN」にてコミカライズ連載中。

「夜廻(よまわ)り猫」が短編賞・深谷かほるさん

 手塚治虫作品は、もちろん読んでアニメも観(み)て育ちました。中でも『きりひと讃歌』『ブラックジャック』は大好きです。そして私にとって手塚作品は素晴らし過ぎ、太陽や月のように遥(はる)か彼方(かなた)で輝くものなのです。漫画表現はほとんど全てが手塚先生の遺産であり、私も先生から言葉を与えていただいて、今、誰かに漫画という手紙を書くことが出来るのだと思っています。

 それにしてもその手紙はちっぽけな葉っぱの手紙のようなもので、太陽や月が見てくれているとは夢にも思いませんでした。『夜廻(まわ)り猫』は依頼もなく、ただ描きたくて描いた漫画です。出版社に持ち込みする自信もないから、ツイッターにアップしていたのです。それが、手塚治虫文化賞。本当かなあ? 今も九割方、信じられてません。

     ◇

 〈ふかや・かおる〉 福島県出身。2015年10月、Twitterにて『夜廻り猫』の連載を開始。代表作は『エデンの東北』(竹書房)、『ハガネの女』『カンナさーん!』(ともに集英社)など。

特別賞・「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の秋本治さん

 名誉ある手塚治虫文化賞特別賞に選んでいただき、嬉(うれ)しいです。『こちら葛飾区亀有公園前派出所』は漫画家としてのデビュー作であり、試行錯誤しながら、毎週描いていました。

 思い通り描けず落ち込んだり、予想以上に描けてホッとしたりと、波瀾(はらん)万丈の40年間でした。

 作品が完結してからも、評価されて、漫画家として大変有り難い事だと思います。

     ◇

 〈あきもと・おさむ〉 1952年、東京都葛飾区生まれ。76年、「週刊少年ジャンプ」にて『こちら葛飾区亀有公園前派出所』でデビュー。同年発行の42号から2016年42号まで、40年間一度も休載せず週刊連載を続けた。16年12月からは四つの青年誌に4作品を同時連載中。

こんなニュースも