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 入団4年目の今季、大ブレークを果たした福岡ソフトバンクホークスの上林誠知選手(21)。仙台育英時代は主将で4番としてチームを牽引(けんいん)し、甲子園にも出場した。後輩の球児たちへ、メッセージを贈ってもらった。

 ――さいたま市出身ですが、仙台育英に進んだのは。

 「父方の祖母が宮城出身で、父も東北地方の高校で野球をやっていました」

 ――仙台育英はどんな印象でしたか。

 「初めて練習を見に行った時は、雰囲気に圧倒されて驚きました。佐々木順一朗監督は本当に頭のいい方で、練習も楽しそうだったので、進学を決めました」

 ――1年生から4番を任され、順風満帆に見えました。挫折はありましたか。

 「特につらかったのは3年生の時。宮城大会は良かったのですが、甲子園とその後の日本代表では全然打てずに苦しんだのを覚えています」

 ――どうやって乗り越えましたか。

 「佐々木監督の好きな『運命を愛し、希望に生きる』という言葉があります。自分に降りかかってきたことは、すべて自分に必要なこと。だから前向きに捉えていこうという意味です。苦しいことも自分には必要なことだと思って、乗り越えました。この言葉は、今も自分の座右の銘です」

 ――2年生の夏に初めて甲子園に出場しました。

 「小さい頃からテレビで見ていて、憧れの場所でした。ですが仙台育英は、甲子園に行って当たり前という雰囲気の学校。仙台育英に入った時点で、甲子園には絶対に行くという気持ちでした」

 ――新チームでは主将になり、その秋の明治神宮大会で日本一になりました。

 「初優勝を佐々木監督にプレゼントできたのは良かったです。けれどその後の選抜大会と夏の選手権大会では、成績を落としてしまいました。慢心はありませんでしたが、冬を越えるとどのチームも一回りも二回りも変わります。甲子園で勝つ難しさを感じました。『東北地方の高校がまだ優勝したことがない』というのは、ずっと言われてきたので、初優勝したかったのですが」

 ――最後の夏の甲子園は優勝候補との呼び声も高かった。主将として重圧はありましたか。

 「プレッシャーは特にありませんでした。ただ、試合をする前から相手高校の名前でおじけ付いてしまうところがあったので、それを変えたいとは意識していました。サッカーに例えて、『俺らはブラジルだ。やる前から負けてたら話にならないよ』とは声をかけていました」

 ――2回戦で負けました。

 「自分のプレーが全くできませんでした。1回戦の浦和学院(埼玉)戦も、周りがカバーしてくれて勝てました。後悔はありませんが、4番の自分が働けていれば、もっと勝てたと思います」

 ――柴田と戦った宮城大会決勝では、追いかける展開からサヨナラ勝ちしました。

 「あの試合は、高校生活で一番印象に残っています。初回に5点を先制されました。ただ準々決勝でも初回に5点を取られた試合をひっくり返していたので、焦りはありませんでした」

 ――八回裏、自身の本塁打で1点差に追い上げました。

 「先頭打者で、『なんとか塁に出ないと』とフルカウントまで粘りました。最後は直球しかないだろうと思っていたら、狙い通り。あれで少しは雰囲気が変わったかなと思いました。その後、同点の適時打が出て、ベンチで涙が出ました。本当に今思っても、すごかった。後にも先にも、野球の試合で泣いたのはあれだけです」

 ――プロになって変わったことはありますか。

 「佐々木監督には『同じようにやりなさい』と言われました。よくプロの選手で、「高校の時を思い出しました」という発言がありますが、それは普段一生懸命やっていないから出る言葉。高校野球で学んだ全力疾走の気持ちを忘れるなとも言われました。だから今も高校の時と、気持ちは変わっていません」

 ――今も生きている高校時代の経験はありますか。

 「仙台育英の練習は自主性をとても大切にしていました。だからいくらでもサボれるし、いくらでも練習できた。そのおかげで、プロになってからも、自分で考えながら練習ができています」

 ――今年は初めて開幕スタメンになりました。自身を支えたものは何ですか。

 「やはり『運命を愛し、希望に生きる』の言葉ですね。ホークスの場合、入った当初は3軍からのスタートでした。まずは2軍に上がらなきゃいけないという焦りはありました。そんな時でも、この言葉を思い出しながら、地道に練習してきました」

 ――最後に、宮城の球児たちにメッセージを。

 「最後の夏の大会は、何が起こるかわかりません。強豪校が勝つとも限りません。1年生の時には、公立校に負けました。逆に強豪校は気を抜いてはいけません。どの高校でも甲子園を狙えるチャンスはあると思います。最後まであきらめずにがんばってください」(聞き手・山本逸生)

     ◇

 うえばやし・せいじ 1995年8月1日生まれ。さいたま市出身。小1から野球を始めた。仙台育英では1年の秋から4番に。2012年夏、13年春・夏と3度、甲子園に出場した。12年秋の明治神宮大会では主将として同校初の日本一にも輝いた。卒業後、ソフトバンクホークスに入団。初めて開幕1軍入りを果たした今季は、右翼手としてレギュラーに定着した。背番号は目標でもあるイチロー選手と同じ51。184センチ、79キロ。右投げ左打ち。

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