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 2018年の第3回ユース五輪夏季大会(ブエノスアイレス)の追加競技に採用されたブレークダンス。その最終予選として初開催される第1回世界ユース選手権が来年5月、日本で開催されることになった。日本のブレークダンスの草分け的存在として知られるタレントの風見しんごさんが、あふれる思いを語ってくれた。

 風見さんが4枚目のシングル「涙のtake a chance」の振り付けにブレークダンスを採り入れたのは、1984年のことだ。「当時は、ダンスと言えばクラシックバレエやタップなどが中心でした。『ヒップホップ』なんて言葉はまだ誰も知らなくて、文字通り、ストリート(路上)で見せる客寄せダンスでしかありませんでした」と風見さんは振り返る。

 それでも、米ニューヨーク仕込みの軽快でキレのあるダンスは瞬く間に話題を呼び、一世を風靡(ふうび)した。「『衝撃的』とも、『何やってるんだか』とも言われました。でも、『何? そのヘンテコな踊りは?』と見られがちだった時代に、僕を演出してくれた萩本欽一さんの存在はやっぱり大きかったなあ。歌詞と関係ないのに、背中で回るんですから」

 あれから33年が過ぎた。自分が先駆者として取り組んだダンスがユース五輪の正式競技にまでなった現状に、「まさかこんなに盛り上がることになるなんて。ただただ、うれしいとしか言いようがありませんよ」と驚きを隠せない様子だ。「何より、ブレークダンスそのものに魅力があったということでしょう。野性的でワイルドで、いい意味で若者の攻撃的なまでの反骨心がにじんでいる。向かっていくような勢いを感じますよね」

 風見さんは現在54歳。「僕のまねをした子が大人になって、その子どもがまたブレークダンスを始めて。僕のことを『ランプに最初に灯をともした』と言ってくれる人もいます。今はランプが電球になり、LEDになったから、僕の踊りはもう古いってことかな? でも、バトンをつないできた一人だと認めてくれているとしたら、こんなに幸せなことはありません」

 風見さんが見よう見まねで日本…

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