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 なぜ、インドの核保有に被爆国・日本がお墨付きを与えるのか。核不拡散条約(NPT)に加盟していないインドへの原発輸出に道を開く日印原子力協定(※注①)に対し、インド社会に詳しい岐阜女子大学の福永正明客員教授らが「インドの核保有を協定で認めてはならない」と反対の声を上げている。しかし、すでに協定の承認案は衆院で可決、参院へ送られた。福島の原発事故や東芝の経営悪化で原発輸出どころではないはずなのに、なぜ政府は急ぐのか。福永氏に協定の意味や問題点を聞いた。

NPT非加盟の国

 ――まず、協定が結ばれるまでの経緯をお聞かせください。

 「インドは1947年の英国からの独立後、外交・安全保障は自国で決める、他国には干渉されないとの大方針を打ち立てます。そうして70年発効の米英仏ロ中の5カ国だけに核保有を認めたNPTについて、『不平等だ』と主張して、入らなかったのです。他方、60年代に、カナダなどから民生用に原子力関連機材を輸入しましたが、その技術を転用して74年に核実験をしました。中国などとの紛争を抱える状況下で、核武装に成功したのです」

 「その後、冷戦崩壊により、頼りにしていたソ連を失ったインドは98年、国際社会に自国の存在を知らしめるため、再び核実験をします。独立後に3度、戦火を交えた隣国パキスタンはこれに対抗して核実験を行いました。それで、日本をはじめ国際社会は両国に経済制裁を科したのでした」

 「ところが、2001年に同時多発テロが起き、国際情勢が混沌(こんとん)とするなか、米国は05年、インドに対する民生用原子力の全面的な協力方針を打ち出します。その米国の主導により、日本を含む原子力供給国グループ(NSG)も08年、NPTの例外としてインドへの原発輸出を容認します。インドの原子力発電(※注②)をめぐる市場は経済成長によって急成長が見込まれ、そこへ売り込みたいという思惑が背景にありました。『原子力ルネサンス』と言われた頃の話です」

 ――日本の原子炉メーカーも前のめりになった。

 「東芝や日立製作所、三菱重工業のいわゆる『御三家』は、海外勢と組んでインドに売っていく戦略を立てました。主要部品でも、例えば原子炉圧力容器は日本製が世界シェアの8割を占めていて、日本の技術が欠かせません。このため、自国に原子炉メーカーを持つ米仏両政府も、日本政府にインドと原子力協定を結ぶよう要請していたと聞きます」

「核保有」認めることに

 ――それで、日本政府も協定を急いだ。

 「はい。09年末に韓国の企業連合がアラブ首長国連邦(UAE)の原発建設事業を受注したこともあって、日本も急がなければという機運が一気に高まりました。しかし、唯一の戦争被爆国であり、福島の原発事故も経験した日本がこの協定を結ぶことは、事実上、インドの核保有を認めることになると私たちは考えました。それは核軍拡を防ぐためのNPT体制の崩壊に、この日本が手を貸すことを意味していないでしょうか」

――広島、長崎の市長も懸念する…

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