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【1996年9月12日朝刊2面】

 この一年間、国政だけでなく日米安保体制を揺るがせてきた沖縄の米軍基地問題が、十日の橋本龍太郎首相と大田昌秀知事の会談を転機に、打開に向けて大きく流れを変えた。深層で何が起きていたのか。これからの展望と問題点をどう見るか。基地問題にかかわった当事者たちのシリーズ・インタビューの第一回として、東京での日程を十一日に終え那覇に帰る機中の大田知事に話を聞いた。

  

 ――知事自身、出発前の那覇空港で、「八合目までいくかもしれない」と言ってましたが。

 突然出た言葉です。「可能性としてはある」と一般論として言ったんです。

 ――本当になりました。

 もうちょっと様子を見ないと、分からない。やはり基地の整理・縮小が進まないと。今のままだと沖縄側は取引したと思われる。僕のところに「アメをぶら下げられて食いつくようなことをするな」という手紙が来ている。しかし、行政の責任者としては、若者の就職の問題なども併合的にやっていかないと。雇用確保や産業振興などのために、那覇軍港など中南部地域から返してくれと言っているんです。

 ――会談で重点を置いていたのは。

 一番懸念されるのが政局の行方。これをまた一からやり直すとなると、本当に大変。ここまでいろんなつてを頼って積み重ねてきたのに、次の内閣ができて「おれたちは知らん」と言われれば、とてもじゃないが厳しい。だから閣議決定にはぜひ持ち込みたいと。できたら国会決議をしてもらいたいと思っていた。そこは強く求めました。

 ――会談で得た沖縄にとっての…

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