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 宇都宮市出身で、JリーグのPR大使として全チームのホームスタジアムを訪問している佐藤美希さんは、実は「野球一家」の出身。兄は幼い頃から白球を追いかけ、父は小学校のクラブでコーチを務めていた。昨夏の甲子園でも、作新学院(栃木)の優勝を祈りながら、速報をチェックしていたという。

 「選手たちの真剣な姿はいつ見ても感動します。作新の優勝はツイッターで拡散して喜びました。栃木が盛り上がったのは、県民としてもうれしかったです」

 佐藤さんは宇都宮北高時代、高校野球の中継を見たり、球場に行ったりして、友人を応援した。選手がけがに泣いていたことも、得点して喜ぶ姿も目に焼き付いている。

 「普段会っているときと違うグラウンドでの『全力で戦っている姿』は、本当に格好よかったですね。別人のように見えました」

 高校を卒業し、看護学校に進学した佐藤さん。その2年目に人生を大きく変える転機が訪れる。新聞広告にあったホリプロタレントスカウトキャラバンへの応募だ。母親に勧められて臨んだオーディションの審査を勝ち抜いた。

 「最初は『思い出づくりに』と軽い気持ちで応募していたので、グランプリになったときは驚きしかなかったですね。母が泣いているのを見て、やっと一番になった実感が湧きました」

 憧れのモデルの仕事。だが10代から活躍する人が多い世界で、佐藤さんのデビューは20歳。ウォーキングもポージングも分からないことだらけだった。鏡の前に立って練習し、撮影した写真を何度も見返して学んでいった。くじけない心を持てたのは、高校時代の友人の応援だったと話す。

 「友だちからの応援の声が励みになりました。応援してくれるから頑張れるし、友人も『テレビで頑張っている姿を見たから、自分も頑張ろうって思える』と言ってくれる。高校の友だちは今でも一番リラックスできる存在。無くてはならない存在ですね」

 看護学校では野球部のマネジャーだった佐藤さん。グラウンドで練習する選手たちを間近で見てきた。今もサッカーに携わり、選手の戦いにエールを送る。そんな佐藤さんが甲子園を目指す高校球児に伝えたいのは「諦めない大切さ」だ。

 「高校時代の野球部だった友人は、甲子園を目指す努力は本当につらくて、逃げ出したいこともあると言っていました。でも諦めないことが大切だと思います。たとえ負けても、努力は自分の価値になり、大人になったときに何かを乗り越える力になると思う。スポーツは誰もが一緒になって楽しめる。感動もドラマもある。それを届けてくれる選手には全力で頑張ってほしいです」(聞き手・吉田貴司)

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 さとう・みき 宇都宮市出身。宇都宮北高を2012年に卒業。13年にホリプロタレントスカウトキャラバングランプリ受賞し、モデルやタレントとして活躍。15年からはJリーグのPR活動を担う「Jリーグ2代目女子マネージャー」も務める。