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応援女子!

 宇都宮ブリッツェンの女子チーム「ブリッツェンフェアリー自転車競技部」。監督の棚橋麻衣さん(33)は、幼い頃から野球に囲まれた環境で育った。父の誠一郎さん(61)は栃木・烏山高の元監督。高校時代は怪物と呼ばれた作新学院の江川卓投手からヒットを打った経験もある。棚橋さんは監督だった父親を通じて、高校野球を見つめてきた。誠一郎さんが営む割烹(かっぽう)「松月」は、昔から父の教え子らの集いの場所だった。

 「当時は練習でエラーをした部員が店に来て、父から説教を受けていましたね。今でも昔の教え子が家族と店に来たり、野球の関係者が来たりしています。野球がつなぐ絆ですよね」

 棚橋さんが一番印象に残った夏。それは、1992年の栃木大会4回戦、烏山―鹿沼商工戦だった。延長18回を1―1で引き分け、翌日の再試合となるまさに熱戦。棚橋さんは母親と初日は球場で、翌日は家で熱球ダイヤルをつなぎっぱなしにして戦況を見守った。

 「烏山が0―1で敗れたと知ると、母は泣き崩れました。ベンチだけでなく、家族も試合にかけているんだなと幼いながらに感じました。私にとってあの日は、高校野球の一番忘れられないワンシーンですね」

 棚橋さんは宇都宮短大付属高時代、ダンスや舞台に夢中になった。地元では女子のダンスチームをつくり、自ら振り付けを考えて県内のイベントで披露。高校2年の冬にはミュージカルのオーディションに合格し、週5日東京のレッスンに通った。朝5時半に起きて烏山から宇都宮の高校に通い、放課後には東京を往復し、終電で家に帰る日々。肉体的につらかったが、「戻れるなら戻りたい」という青春の1ページだ。

 「体力とか考えずに夢に向かっていったガッツは高校生だからできた。あのころに頑張った自分がいるので、今好きなことを仕事にできている自分がいる。高校生には部活でも、オシャレでも、何でもいいから一つでも夢中になるものを見つけて夢を追ってほしい」

 夏の甲子園を目指す球児たちと、その後の一人ひとりの人生をたくさん見てきた棚橋さん。夢の舞台に立てる人は一握りだが、夢のため努力するプロセスの大切さを感じているという。夏のグラウンドで戦う選手に、こうエールを送る。

 「甲子園を夢見て仲間と歩む道のりはかけがえのないもの。一生の宝物になると思います。うれしさ、それ以上の悔しさを糧に、様々な世界で活躍している人もたくさんいます。今の時間を無駄にしないで、頑張ってほしいですね」(聞き手・吉田貴司)

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 たなはし・まい 栃木県那須烏山市出身。2002年に宇都宮短大付属高、06年に日本女子体育大を卒業。3年前からブリッツェンフェアリー自転車競技部の監督となり、女性サイクリスト普及の活動をしている。エフエム栃木のラジオ番組でパーソナリティーも務めている。ホリプロ所属。

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