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野中留吉さん(1928年生まれ)

 13人。野中留吉(のなかとめよし)さん(89)が原爆で失った親族の数だ。当時17歳。父が他界し、長崎市の旧江平町に母や妹と住んでいた。近くには長姉とその家族が居を構えた。子どもは5人。被爆したその年に生まれたばかりの子もいた。

 家は決して裕福ではなかった。税の支払いが滞り、家財に差し押さえの札が貼られたことも一度ではなかった。それでも暗い家庭ではなかったと両親に感謝している。

 野中さんは、三菱長崎工業青年学校に通う少年だった。被爆時は職場のトンネル内にいて難を逃れた。家族には即死したであろう者もいれば、直接その死を見送った者もいる。

 被爆翌日、家があった場所に野中さんは立っていた。がれきが散らばり、白煙があがる中、母と思われる遺体と向き合った。白骨となったその顔は、口を開いて何かを叫んでいるように見えた。助けを求めたのか、あるいは――。

 72年前を思うとき、最初に浮かぶのはその光景だ。

 野中さんは、キリシタンのまち…

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