【動画】「隠れキリシタン寺」本行寺の霊魂祭=田中ゑれ奈撮影
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 今年2月、カトリックの崇敬対象「福者」の列に加わった加賀藩ゆかりのキリシタン大名・高山右近。金沢ではローマ法王代理臨席のもと盛大なミサが催され、全国から巡礼者が訪れた。一方、能登にも知る人ぞ知るゆかりの地、通称「隠れキリシタン寺」がある。

 「お願いを申し奉る、ゼウス、キリシタ様、母上サンタマルヤ様……」

 5月下旬、石川県七尾市小島町の法華宗本行寺。境内の一角にある供養塔「ゼウスの塔」を参加者が神妙な面持ちで取り囲む。寺に約400年間伝わるとされるキリシタンの例祭「霊魂(アニマー)祭」の日が巡ってきた。

 冒頭、袈裟(けさ)姿の小崎学円住職(77)が供養塔の正面に立って法華経をあげる。次に裏に回ってロザリオを首にかけ、祭鈴を鳴らしてキリシタンの祈りを唱える。儀式の後は、約50人の参加者にキリスト教伝来期の南蛮料理を模したという「隠れキリシタン料理」が振る舞われた。

 本行寺は15世紀、茶人円山梅雪(ばいせつ)が開いたとされる。客将として前田利家に招かれた高山右近が、1614(慶長19)年に国外追放されるまで加賀藩の重臣らとともに滞在。境内に修道所を建て、信仰と医学、建築など西洋知識を広める拠点とした。寺には右近の書状や渾天儀(こんてんぎ)、合掌した胸の奥に十字架が隠された隠れキリシタン秘仏など、博物館やカトリック関係者も注目する宝物が多数残る。

 小崎住職は8歳の時、先代住職である伯父の養子となった。キリシタンの儀式をする仏僧への風当たりは強く「キリスト教ちゅうたらみんなにバカにされとった」。だからか、右近やキリシタンについて伯父と話をした記憶はあまりない。当時の霊魂祭は参加者も数人で、今よりずっとひそやかなものだったという。

 京都での修行を経て、45年ほど前に住職を継いだ。年月を経て散逸していた宝物を集め直し、調理師免許を持つ腕前を生かして寺に伝わる文書を元に隠れキリシタン料理のレシピを考案。寺を訪れる人は徐々に増え、約100人前の料理を霊魂祭で用意したことも。

 キリシタンの祈りを口にする時は、「僧侶であり司祭であり、両方やろな」と小崎住職。「祈る心は一緒や」。霊魂祭のアシスタントは今、後継ぎとなる39歳の副住職が務める。右近が残した信仰の灯は、形を変えながら受け継がれてゆく。(田中ゑれ奈)

前田利家の父母が眠る長齢寺

 本行寺を含めた山の寺寺院群は見どころが目白押し。前田利家の父母が眠る曹洞宗長齢寺(0767・53・7993)では、現存する唯一の作とされる青年期の利家像、僧侶姿の父利春が描かれた国の重要文化財など、前田家ゆかりの貴重な宝物を見ることができる(常設展示は複製)。

 大橋紀宏(きこう)住職(55)の指導のもと、記者は座禅体験に挑戦した。半眼で畳を見つめていると踏切を通る列車の音や鳥の声が耳に届き、意識が研ぎ澄まされてくる。と、腕にまとわりつく蚊の羽音に集中はあっけなく雲散霧消した。

 座禅体験は1千円、要予約。毎月第2日曜午前6時半からの通例座禅会は朝がゆと法話がつく。

高校球児行きつけの店 「ごはん処 一歩」

 「隠れキリシタン料理」が食べられるのは年1回だけ。ならば、本行寺から車で数分の「ごはん処 一歩」でおなかを満たすのはどうだろう。高校球児も行きつけというから、ボリュームは折り紙付きだ。

 「おまかせ定食」(1200円)は、刺し身盛り合わせやヒレカツ、ブリの照り焼きに小鉢などがつく。かつては日替わりの一つだったが、「こないだのが食べたい」という声に押され、最も人気だったおかずに固定化した。「お客さんに育てられた店」と店主の基村(きむら)秀幸さん(46)。

 2015年2月に能越道が七尾市まで開通して観光客が急増した。電話(0767・53・5575)で予約がおすすめ。木曜定休。

 本行寺 前田利家が小丸山城の防衛のため集めた29の寺院のうち、現存する19カ寺で構成される「山の寺寺院群」の一つ。境内には能登の茶道文化の発信地で高山右近も愛した茶室「きく亭」や加賀藩重臣らの墓碑、右近の住居跡とされる通称「右近谷」などがある。辰巳用水を築いた板屋兵四郎が修道所の門下生だったとする説も。問い合わせは本行寺(076・222・3366)。

 次回(7月4日)は、一部区間が「酷道」と呼ばれている福井県大野市と岐阜県本巣市を結ぶ国道157号を取り上げます。今後、紹介を希望するテーマがありましたら、朝日新聞金沢総局へ郵便(〒920・0981 金沢市片町1の1の30)かメール(kanazawa@asahi.comメールする)でお寄せください。採用時にご連絡します。この企画は、朝日新聞販売所(ASA)と協力してつくっています。