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 妹を、母親を殺したのは僕なのか。1946年夏に旧満州(中国東北部)であったことを、京都市の村上敏明さん(82)が4月、朝日新聞の声欄に投稿した。寄せられた反響は大きく、封印してきた戦時体験の語り部になると決めた。

 村上さんの投稿「妹に薬飲ませ…失った記憶」は4月17日に掲載された。71年前のことを改めて聞いた。

 一家は46年7月、四平(現吉林省四平市)にいた。父親は前年に兵に取られて不在。旧ソ連軍の侵攻と撤退、国共内戦で戦場となった町に、34歳の母親こま、11歳の村上さん、8歳と4歳の弟、1歳の妹芙美子の5人が残されていた。

 日本へ逃げ帰る準備を進めていたある日。母親が妹を抱いて自宅の畳部屋に座っていた。村上さんは、周りを囲んだ数人の日本人男性からコップを渡され、透明な液体をさじですくって妹に飲ませた。「すぐに目をぐっと開いて、僕を見つめて、死んでしまった」

 逃避行に耐えられないから殺そうと大人たちが決めたのか、記憶はあいまいだ。「飲ませたら死ぬとはっきり分かっていた。『殺す』と思っていたのは確実です」。妹は、手際よく芙蓉(ふよう)美秀童女という戒名をつけられて埋められた。

 1カ月後、一家は葫蘆(ころ)…

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