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 あこがれの甲子園に立ち、うれしさと緊張で胸がいっぱいになった。3月の選抜大会。甲子園練習のグラウンドに、女子部員が初めて「公式」に足を踏み入れた。第1号となった不来方(こずかた)(岩手)の女子マネジャーは、ジャージー姿に白いヘルメットをかぶり、ノックを手伝った。その1人、越戸(こしと)あかりさん(2年)は「スタンドの迫力があり、ボールの音がきれいに聞こえた」と目を輝かせた。

 同校では、普段から女子マネジャーがグラウンドを駆け回っている。昨夏、3年生が引退して部員が半減し、飲み物や道具の用意を主に担っていたマネジャーが、ノックや打撃練習を手伝うようになった。選抜大会時の選手は10人。初戦で敗退したこの夏の岩手大会も選手は17人だった。

 昨夏までの甲子園では、女子部員の活動はベンチ内に限られていた。昨夏の甲子園練習で、防具を着けずにノック補助などをしていた女子部員が大会本部から制止された。これを機に活動範囲が見直され、甲子園練習では、ヘルメットなどの安全対策を条件に、本塁付近などを除く場所での補助が可能になった。

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 男子の部活という印象の強い高校野球だが、1995年夏の甲子園で女性部長が初めてベンチに入り、翌夏からは、記録員として女子のベンチ入りが認められた。時代とともに女子部員の役割も変化してきた。

 「今の捕れるよ!」。四條畷(大阪)のグラウンドには3年の女子マネジャー、上山明香音(あかね)さんと野村あかりさんらの甲高い声が響き渡る。

 1冊のノートを交換日記のように回し合うチームの野球ノートには、選手たちがその日の練習の反省や、自身の課題などについて書き連ねている。なかでも2人が書く内容は、「受け身な姿勢はいらない」「自分のことに精いっぱいで、視野が狭い人が多すぎる」など厳しく、部全体を見渡す指摘が多い。

 3年の中原大地君は、「マネジャーがいなければ、今の自分はない」と言い切る。課題だった守備練習で、マネジャーに球出しをしてもらった。「腰高いんやない」など助言をもらい、この夏、初めてベンチ入り。15日の大阪大会初戦では、惜しくも敗れたが、九回に代打で出場した。

 上山さんは「グラウンドの外から見ているからこそ、気づけることがある」。野村さんも「選手は日々勝負している。私たちも一緒」と話す。

 辻野茂樹監督(55)は、マネジャーの育成を、チーム作りの核に位置づける。「マネジャーはチームの顔。お茶くみではなく、チームを作る人間」と話す。

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 大村工(長崎)の佐藤和沙(なぎさ)さん(3年)は部員約80人のチームで「コーチ」を務める。中学時代までは男子に交じって選手として活躍した。入部当初はマネジャーだったが、2年の夏からは選手として練習に参加。その中で、高比良俊作監督(47)から、「野球を知っている」とコーチになることを勧められた。

 冬の間にノックを練習し、春ごろからバットを握る。そして、結果を出せなかったり、暗い表情を見せたりする選手がいれば、そっと近づいて声を掛ける。「近くで見ているから、気づいてあげないと」

 日本高校野球連盟には5月、史上初めて女性理事2人が誕生した。引っ越し業大手「アートコーポレーション」社長の寺田千代乃さん(70)は、女子部員について、「多岐にわたる役割で表に立つ選手を支え、存在は大きい。彼女たちの意識は選手と変わらず、その活躍が評価されることが大事」とコメントする。