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 敗戦間近に大山町で起きた「大山口列車空襲」の犠牲者を悼んでJR大山口駅近くに1992年7月に建立された慰霊碑から4日、遺品などを収めた容器が初めて取り出され、指輪や刺繡(ししゅう)など犠牲者らの遺品14点が出てきた。惨禍を伝える資料として、28日の慰霊祭で展示される。

 この空襲は1945(昭和20)年7月28日に大山口駅近くで起きた。運行中の鳥取発出雲今市行き列車(11両編成)が米軍機3機の銃爆撃を受け、少なくとも乗客45人が命を落とし、30人以上がけがをした。慰霊碑は被災者や遺族らが91年に結成した「大山口列車空襲被災者の会」が建てた。遺品はその際、慰霊碑裏に埋設されたという。

 今回の取り出しは、勤労奉仕に行くため列車に乗っていて空襲に遭った2代目会長の伊藤清さん=昨年5月に86歳で死去=の妻哲子さん(87)が「埋設は夫から聞いていたが、中身がわからない。高齢になり、建立当時を知る人も年々減っている。25年の節目に開けられないだろうか」と友人に思いを伝えたことがきっかけになったという。

 この日は会員ら10人が慰霊碑…

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