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 広島市中心部の歓楽街、流川(ながれかわ)・薬研堀(やげんぼり)地区の一角で、被爆者の話に耳を傾ける集いを11年以上続けてきたバーがある。今月3日、主宰してきた37歳のバーテンダーが亡くなった。冨恵(とみえ)洋次郎さん。被爆者の言葉を記録に残したいとの思いをつづった初の著作が、出版される矢先だった。

 「一番覚えているのはにおい」。6日夜、バーで被爆者の男性(82)が、キノコ雲の写真を手に、被爆時の状況を語っていた。

 「それからの人生を教えて下さい」

 壮絶な体験を乗り越えた人に学びたいと、毎回こう尋ねていた冨恵さんの姿は、もうない。仲間たちが予定通り開いた集いを、壁の写真から見守っていた。

 広島出身で祖母は被爆者だが、歴史に興味はなかった。転機は高校卒業後、千葉でバーテンの修業を積んでいたころだ。広島出身と知った客から原爆について聞かれたのに、答えられなかった。原爆のことを学ぼうとするにつれ「体験」の重さを感じ、「聞く場を作ろう」と思い至った。

 20歳で開いたバー「スワロウテイル」で2006年2月6日、集いを始めた。「バーで被爆証言なんて」「原爆を売り物にするのか」。批判もあったが、原爆犠牲者の月命日の毎月6日に必ず開いた。昨秋には出版社の目に留まった。

 集いが130回を超えた今年1…

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