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 テニスと卓球、バドミントンを合わせたようなスポーツが戦後、広島で生まれた。その名も「エスキーテニス」。毎年、全国大会が開かれる。愛(まな)娘を原爆で失った実業家が、平和への祈りを込めて生み出した。

 エスキーテニスのコートが10面並ぶ、広島市東区の新牛田公園。週末は大学生や愛好家らがネット越しに、直径4センチの羽根付きゴムボールを木製ラケットで打ち合う。コートは8メートル×4メートルとテニスより小さい。ボールも羽根の空気抵抗でスピードが出すぎないよう工夫されており、手軽に楽しめるのがポイントだ。

 週1回訪れる広島経済大学の尾山優也(ゆうや)さん(18)は「友人に誘われてやってみたら、面白かった」。日本エスキーテニス連盟(広島市南区)によると、中国地方を中心に普及。福井、千葉など計10県に競技組織があり、全国大会が毎年開かれている。

 考案したのは広島の工場経営者だった故・宇野本信(うのもとまこと)さんだ。宇野本さんの三女武子さんは1945年8月6日の原爆投下当時、広島女学院の2年生。爆心地から約900メートル離れた広島一中(現・広島国泰寺〈こくたいじ〉高校)のグラウンド付近にいた。崩れた石材などの下敷きになり、首にやけどを負った程度だったが、1カ月足らずで病床についた。高熱が続いて髪が抜け、下痢や身体の痛みに顔をゆがめた。

 「なぜこんな目にあうの」。姉の長崎まささん(94)にそう嘆いた武子さんに、父の宇野本さんは「武子、世界平和のために犠牲になるんだよ」と説いたという。武子さんは伏して1週間で亡くなった。13歳だった。以後宇野本さんは、平和運動に取り組み始める。

 宇野本さんの手記によると、戦…

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