「よこはま・たそがれ」「瀬戸の花嫁」など多くのヒット曲を生んだ作曲家で歌手の平尾昌晃(ひらお・まさあき)さんが、21日夜、東京都内の病院で、肺炎のため亡くなった。79歳だった。関係者への取材でわかった。1週間ほど前から体調を崩し入院していた。通夜、葬儀は近親者で行う予定。

 東京都出身。高校時代にウェスタンバンドに加入し、米軍キャンプなどで腕を磨いた。1958年に歌手デビュー。ミッキー・カーチスさん、山下敬二郎さんと「ロカビリー三人男」で人気を博し、「ミヨちゃん」などをヒットさせた。

 66年に作曲家に転身。67年に布施明さんの「霧の摩周湖」、梓みちよさんの「渚(なぎさ)のセニョリーナ」の両曲が日本レコード大賞作曲賞を受賞した。

 68年に結核で倒れ、約1年間の闘病生活の後、音楽活動を再開。五木ひろしさんの「よこはま・たそがれ」(71年)、小柳ルミ子さんの「わたしの城下町」(同)、「瀬戸の花嫁」(72年)、中条きよしさんの「うそ」(74年)、梓みちよさん「二人でお酒を」(同)など、提供曲が次々とヒット。伊東ゆかりさんの「恋のしずく」やテレビ時代劇「必殺シリーズ」の音楽、アニメ「銀河鉄道999」の主題歌のほか、宝塚歌劇団を代表するミュージカル「ベルサイユのばら」の楽曲の一部も手がけた。

 74年には平尾昌晃歌謡教室(現平尾昌晃ミュージックスクール)を開校。狩人、川﨑麻世さん、松田聖子さん、中村あゆみさん、森口博子さんらを育てたほか、スクール出身の畑中葉子さんと歌った「カナダからの手紙」(78年)もヒットさせた。

 闘病生活の際に様々な人に支えられた経験から、福祉活動にも力を注いだ。75年から、多数のプロ、アマチュアのゴルファー、芸能人が参加する「平尾昌晃チャリティゴルフ」を続けた。また2002年に設立し、後にNPO法人となった「ラブ&ハーモニー基金」を通じて、福祉施設への慰問や寄付、障害があるミュージシャンへの音楽活動支援なども行った。

 03年に紫綬褒章を受章。日本作曲家協会や日本音楽著作権協会(JASRAC)の役員も歴任した。06年から宮川泰さんの後を受けて「NHK紅白歌合戦」のフィナーレ「蛍の光」の指揮を務めた。(河村能宏、安部美香子)

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 〈歌手・伊東ゆかりさんのコメント〉 最初にお会いした時は「星の王子様」みたいな人だと思いました。私の代表曲の一つ「恋のしずく」を作って下さり、レコーディングの時にギターを弾きながら歌っていたのがあまりにもステキだった思い出があります。何年か前に「恋のしずく」をデュエットしました。これからも歌うたびに思い出すでしょう。今年、お仕事でお会いしたのですが、体調が悪そうで気になっていました。ご冥福をお祈りします。

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 〈歌手・森口博子さんのコメント〉 突然の訃報(ふほう)、信じたくありません。言葉が見つかりません。森口博子の名付け親でもある平尾先生との出会いは15歳。スクールに通い、デビュー後も愛情いっぱい支えて頂きました。先生がいてくださったからデビューできました。心から感謝の気持ちでいっぱいです。ご冥福をお祈りします。