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 野球で町おこしを――。10年前、そんな思いを受けて誕生した野球部が大舞台に上り詰めた。高知大会決勝に初めて勝ち進んだ梼原(ゆすはら)は26日午後、大会7連覇中の明徳義塾と対戦した。

 四国山地にある高知県梼原町は自然豊かな町だ。町のキャッチフレーズは「雲の上の町」。だが、1958年に約1万1千人いた人口も今は約3600人。高齢化率は40%を超える。過疎化に悩む町の人々は、梼原の快進撃に励まされている。

 この日、高知市の県立春野球場には、大勢の町民が詰めかけた。三塁側の梼原スタンド最上段には「目指せ!!甲子園 打て! 走れ! 守れ! 梼原高校 雲の上の球児たち」と大書された横断幕が掲げられた。

 午後1時の試合開始前、選手らはスタンド前に整列して一礼。町民らは、緑のチームカラーのメガホンをたたいて激励した。

 主将で一塁手の和田吉展君(3年)は前日の準決勝を振り返って、「ピンチの時にスタンドの応援の声が聞こえた。町の人の応援に応えたい」。遊撃手の秋山知輝君(同)は「町のため、友達のためにも、甲子園にいきたい」と決勝への抱負を語っていた。

 2006年、梼原は学校存続の危機に直面した。この年の入学生は18人。当時、2年連続で新入生が20人を切ると、県立高校は統廃合の対象となった。

 「高校がなくなったら、若者が町からいなくなる」。当時の校長が野球部の設立を思い立った。野球部があれば、球児が町外ではなく梼原に進学するかもと考えたのだ。06年に野球の同好会ができ、翌年、正式に野球部が発足した。

 以来、町をあげて、野球部を支援している。練習には町有グラウンドを提供し、照明の使用料も町が負担。閉園した町営幼稚園を町が改修し、高校が寮として使っている。家賃は食事代込みで月4万3千円。今や部員約50人のうち、約40人が県内各地から集まり、寮で暮らす。部員たちは雪かきを手伝ったり、少年野球の指導をしたり、町に溶け込んでいる。

 クリーニング店経営で、梼原高校OBの志手(しで)功さん(68)は、「毎朝、野球部員が元気にあいさつしてくれて、町が明るくなった。決勝まで行って、よろこびいっぱい」と笑う。地元の野球部後援会事務局長の西村茂則さん(65)は力を込める。「町のみんなが甲子園に応援に行き、地元にはネコ一匹も残らない。それが夢です」(森岡みづほ)

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