医師として「生涯現役」を貫き、18日に105歳で亡くなった日野原重明さんの葬儀が29日、東京都港区の青山葬儀所で営まれた。親しかった各界の著名人のほか、日野原さんが追求した老いにとらわれない前向きな生き方に共感し、ともに活動してきた人々など約4千人が足を運んだ。

 正午すぎには、親交の深かった皇后さまが弔問に訪れた。祭壇前で拝礼をするなど最後のお別れをした。会場を後にする際にも、長男で喪主の明夫さん(71)と長く言葉を交わしていた。

 祭壇には101歳の時に撮影された白衣姿の笑顔の遺影が飾られた。葬儀委員長の福井次矢・聖路加国際病院院長は「長寿を全うされ、残された業績がいかに膨大かつ優れたものであるにせよ、これからさらにやり遂げたいことが山積していたはず」と惜しんだ。

 明夫さんも「祈り、感謝、実践の喜びに満ちた105年の生涯でした。父の残した出会い、命、愛、許し、この四つの言葉を大切にしながら私ども家族も生きていきたい」と語った。

 葬儀は、賛美歌のほか、日野原さんが設立した「新老人の会」で愛唱されてきた「故郷」を会場の全員で歌うなど、故人が愛した音楽で彩られた。自らの葬儀の時に、と希望していたフォーレのレクイエムが流れる中、参列者が献花した。

 献花後、歌手の森山良子さん(69)は「温かい励まし、柔らかな気持ち、積極的な生き方を残してくださった」。女優でねむの木学園長の宮城まり子さん(90)は「『まり子は僕より15も下だぞ、がんばんなきゃだめじゃないか』と励ましてくださった。『先生、またね』という気持ち」と話した。

 葬儀で日野原さん作詞・作曲の「愛のうた」を独唱した韓国出身のテノール歌手、ベー・チェチョルさんは「先生の手の中で、先生に守られながら歌わせていただいたよう」と振り返った。聖路加看護大を卒業した参議院議員の石井苗子さんは「105歳の誕生日の時、『僕は次のオリンピック・パラリンピックで、聖火リレーで聖火を持って走るよ』と。多くの人に希望を与えながら、安らかにお眠りになった。かけがえのない恩師」としのんだ。(寺下真理加、伊藤綾)