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 1945年8月14日。米軍の「最後の空襲」が、大阪市や埼玉県熊谷市、山口県岩国市など複数の都市であった。太平洋戦争に終わりを告げる玉音放送の前日だ。米軍の爆撃隊員が書き残した日記には、降伏の先延ばしがさらなる犠牲者を生んだ模様が記録されていた。

 45年8月10日付の日記。「早く寝る。大阪行きのミッションは中止。日本が和平を申し入れ!」

 書いたのはウィリアム・グリーンさん(91)=米ノースカロライナ州。日本への空襲を重ねた「第500爆撃群団」の元技能軍曹だ。関係者のジェームズ・ボウマンさん(69)=米メリーランド州=が、団の資料などと共にインターネット上で公開している。

 群団の拠点・サイパン島は、第1次世界大戦後に日本統治下に置かれたが、激戦の末、44年7月に米軍の手に落ちていた。爆撃機B29で、敵機の攻撃に対抗する銃手(じゅうしゅ)を担当したグリーンさん。空襲はいつも死と隣り合わせだ。特に45年5月に参加した東京空襲では群団の2機が戻らず、「昨晩仲間を失った。いいやつらだった」と書いている。

 島の暮らしもわかる。当時19…

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