元大阪マルビル会長で、「大日本どケチ教」の教祖にもなった吉本晴彦(よしもと・はるひこ)さんが5月30日に老衰で亡くなっていたことがわかった。93歳だった。葬儀は近親者で営んだ。喪主は妻初子さん。

 大阪・梅田の大地主の家に生まれ、祖父彦太郎氏に「どケチ道」を仕込まれた。学徒動員された経験を持ち、中国で終戦を迎えた。復員後に不動産業を始めた。

 1970年、自分の半生に基づいてケチを勧めた著書「どケチ人生」がベストセラーになり、73年に「大日本どケチ教」を設立して教祖に就任した。元サントリー副会長の故・鳥井道夫氏、森下仁丹社長だった故・森下泰氏とともに「大阪の三ケチ」と呼ばれた。

 76年にはJR大阪駅近くに円形型ビル「大阪マルビル」が完成。ビルを管理する大阪マルビルの社長などを務めた。ビル内のホテルの稼働率は高かったが、円形のため建設コストが高くつき、借金の返済負担が重くのしかかった。

 バブル期の絵画や不動産投資の失敗などもあって、会社は2004年に産業再生機構の支援が決定。その後、大和ハウス工業の子会社となった。