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 奈良時代と鎌倉時代――。制作時期が約500年違う仏像19体が一堂に会し、現代にみずみずしい空気を醸す。奈良・興福寺で開かれる「興福寺国宝特別公開2017 阿修羅~天平乾漆群像展」(後期)は、時空を超えた深い祈りを私たちに示してくれそうだ。

 特別公開は今春に続き、2度目。運慶の父・康慶(こうけい)一門の作である四天王像(1189年、国重要文化財)と、運慶の子・康弁(こうべん)作の龍燈鬼(りゅうとうき)像(1215年、国宝)、同時期とみられる天燈鬼(てんとうき)像(13世紀、国宝)の計6体が東京国立博物館の「運慶展」(9月26日~11月26日)への出展のため興福寺を離れるが、それ以外の仏像は会場の仮講堂に安置される。

 全19体のうち、阿修羅像など八部衆(はちぶしゅう)像と十大弟子(じゅうだいでし)像(現存6体)の計14体は734(天平6)年の国宝。一方、阿吽(あうん)2体の金剛力士像(12~13世紀、国宝)、梵天(ぼんてん)・帝釈天(たいしゃくてん)像(12~13世紀、重文)、本尊の阿弥陀如来像(12世紀、重文)は鎌倉時代に生み出された。

 時代は離れていても、ひとつのお堂の中でひとつに溶け込んでいる。多川俊映(しゅんえい)貫首は常々、「何度も焼失と再建を繰り返してきたが、いつも『天平回帰』をめざしてきた」と語る。そんな興福寺の基本姿勢が反映されているのだろう。

 平安末から鎌倉時代にかけて腕を振るった運慶ら、奈良の仏師たちは、いにしえの仏像を修理しながら、古典の美と技を学んだといわれる。その成果が今回の群像に結実。鎌倉時代の「興福寺曼荼羅図(まんだらず)」(12~13世紀、重文)の世界が立体として浮かび上がった。

 一方、単体では個性が際だつ阿修羅像が、ひそやかにたたずんでいるように思われる。それもそのはずで、光明皇后が母の一周忌供養のために建てた西金堂(さいこんどう)にあった時は、本尊・釈迦如来の後方に控える存在だった。往時と同じ立ち位置を得て、安らぎを感じているのかもしれない。

輝く阿弥陀如来像が存在感

 仏たちがひしめく中で、最も存在感を示しているのは、本尊である阿弥陀如来像(12世紀、重文)だろう。

 興福寺の子院である観禅院大御堂(かんぜんいんおおみどう)の本尊と伝えられるが、近年は阿修羅などとともに国宝館に安置されていた。その時点では数多い寺宝の中であまり目立ってはいなかった。

 しかし、このたび仮講堂の本尊に迎えられたことで、極楽浄土の教主という立場を改めて確かなものとしたように見える。高さ2・26メートルという大きさを際だたせるように、飛天が舞い飛ぶ光背も金色に輝いている。

 その正面には、儀式用の打楽器・銅製の華原磬(かげんけい)(8世紀、国宝)が鎮座する。獅子の背中に柱が立ち、そこに雌雄4体の竜が巻きつく。その造形は精緻(せいち)で、高度な鋳造技術によることがわかる。

 竜たちが抱えるようにしている金鼓(こんく)は、釈迦(しゃか)の説法を聞きに集まった菩薩(ぼさつ)や僧侶らに美しい音を聞かせたという。今鳴らされることはないが、阿弥陀如来を始めとする群像は「沈黙の調べ」を味わっているのではないだろうか。(編集委員・小滝ちひろ

阿修羅 天平乾漆群像展

◇15日[金]~11月19日[日]。興福寺(奈良市登大路町、0742・22・7755)

◇午前9時~午後5時(受け付けは15分前まで)、会期中無休

◇拝観料(仮講堂と東金堂) 一般900円、中高生600円、小学生250円

◇主催 興福寺、朝日新聞社、テレビ朝日

◇後援 奈良県ビジターズビューロー、奈良市観光協会、奈良県旅館・ホテル生活衛生同業組合

◇特別協賛 JR東海

◇協賛 山田松香木店、安田念珠店

◇協力 近畿日本鉄道、JR西日本、NEXCO西日本