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(22日、高校野球 広陵12―9天理)

 天理カラーの紫の腕時計「G―SHOCK」をつけた中村良二監督(49)は、柔らかな笑みを浮かべて敗戦を振り返った。「すべてにおいて広陵さんに比べたら低い。それでもベスト4なんてビックリですよ。甲子園に出る、というとこから始まってますから。甲子園に出て、校歌を歌って、3試合も勝って。選手たちは立派やと思いますね」

 2015年8月に就任した中村監督は福岡出身。1986年に天理の主将で5番・一塁手として夏の甲子園優勝。これが天理にとって初の全国制覇だった。その秋のドラフト2位で近鉄に入団。近鉄と阪神で計11年間プレーしたあと、小学生や中学生の指導にあたった。そして08年から5年間は天理大の監督を務め、14年2月から天理高のコーチになっていた。

 中村監督は常々、選手に「俺は高校のとき甲子園に行った。君らが甲子園に行きたいなら、行けるだけの練習をしなさい」と言ってきた。自分たちで「やる」と決め、責任を持ってやり遂げることを求めている。その前向きな努力の手伝いをするのが、監督をはじめとするスタッフだという考え方だ。

 試合でのミスに対して叱りつけることもない。「恩師がそうでしたから。選手がミスをどうとらえて練習していくかと見ていらっしゃった。僕もそうしていきたいんです」。恩師とは天理の前監督である橋本武徳さん。天理を春夏の甲子園で計3度の優勝に導き、試合中の「ぼちぼちいこか」というセリフで知られる人だ。

 この日の敗戦後も、報道陣の前で選手のことを「ダメでしたね」などと否定的なことは口にしなかった。スクイズ失敗やエラーについても「天理らしいミスですよ。伝統ですね」と笑い飛ばした。

 中村監督がしみじみと喜んだのが、6点差を追った九回の攻撃だ。先頭の代打橋本からの5連続安打で3点を返した。打ったのはみな3年生。「3年生は頼りになる選手ばっかりでした。日替わりで頑張ってくれました。あの回は『みんなで、みんなで』という気持ちが見えた。後輩たちも、あきらめずに頑張ろうと思ってくれたはずです」

 九回に主砲の神野(じんの)がバットの先で何とか右前に運んだヒットについて聞かれると、「あれは『ザ・高校野球』みたいなバッティングでしたよね」とうれしそうに言った。

 最後に27年ぶりの4強入りを果たした今大会を振り返って、こう語った。「天理の歴史に名を刻みましたよね。正直言って、『まさかこいつらが』というぐらいにできすぎの結果です。でも、やればこういう結果も出せると分かったのが大きい。甲子園は選手を成長させてくれるところだと、改めて思いました」

 主将として日本一を経験して以来の甲子園。新米監督は充実の笑みで引き揚げた。(篠原大輔)

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