優しい政治家だった。だから、政局の節目で決断を迫られた時、思い悩むことが多かった。

 1992年、自民党最大派閥の竹下派が分裂抗争を繰り広げた。政治の師である竹下登氏に従うのか、盟友の小沢一郎氏と協力するのか。羽田氏は板挟みに悩んだ。そして、小沢氏とともに自民党を離れた。

 停滞している政治に緊張感をもたらすには、2大政党を生み出す小選挙区制を導入する政治改革が欠かせないと思い定めたのだ。政界は激動し、非自民の細川護熙連立政権の発足にこぎつける。

 羽田氏は細川氏の後継首相に就いたが、少数与党。自民党に揺さぶられて総辞職か衆院解散・総選挙かという選択を迫られる。衆院に小選挙区制を導入するための政治改革関連法は成立していたが、選挙区の区割りは固まっていない。解散すれば政権維持の可能性は残るが、羽田氏の念願だった政治改革は遠のく。

 首相公邸で一人、悩んでいた羽…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら