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 生体腎移植を経験し、再び腎移植をする「準備」をしている岡本芳和(おかもとよしかず)さん(42)や家族、かかわった医師にインタビューしていくと、レシピエントとドナーが家族内だから故に悩む姿が垣間見られました。生活の質を考えれば、透析に比べ、腎移植を受けた方がいいと言われていますが、簡単に割り切れない側面が移植医療にはあるということです。日本では、脳死での臓器移植提供が少ないことから、腎臓や肝臓を中心に生体移植が進歩してきました。血液型不適合での移植も免疫抑制剤などの向上で治療成績が向上していますが、医療技術の向上と一緒に臓器提供のあり方についても、考えてみる必要があると思います。

 

言葉にならない家族の葛藤

 父の守博(もりひろ)さん(68)の腎臓を2006年に移植し、慢性拒絶反応がでた今は、妻の久奈(ひさな)さん(42)のドナーの申し出を受けている芳和さんは、数回にわたるインタビューの中で、何度も「嫁さんの体を傷つけたくない。もし嫁さんが体調を崩したら、家族ごとつぶれてしまう。嫁さんが年を取ってから腎臓の病気にならないとはいえない。俺1人だけ苦しい思いをすればいい」と話していました。

 移植が適用になる腎不全の場合、他の臓器と違い、移植以外に透析という治療法があるのが特徴です。だから、レシピエントも、生体腎移植と透析を頭や心の中でてんびんにかけることを迫られます。芳和さんは、2度目の透析ですが、今の生活について「透析をしていれば、生活に制限がないので。海外旅行には行けませんが、将来的に移植ができればいいなという感じです」と話します。芳和さんがこう言える背景には、仕事で帰宅した後、食事や入浴などをしてから透析病院に行って、個室で就寝中に血液透析を受ける「オーバーナイト透析」が受けられるからです。日中に透析をしなくてはいけない環境の人だと、仕事を休まざるを得ません。「オーバーナイト透析」が日本全国どこにでもあるわけでもありません。神戸でも、枠があくまでは日中の透析をしていたそうです。

 芳和さんは、ドナーからの腎臓提供といっても、父と妻、そして臓器移植ネットワークへの登録による脳死した人では、感情が違うといいます。自分の両親でも、腎臓は二つあるとはいっても、「自分から『ください』とは言い出せなかった。おやじが言ってくれたから、『ありがとう』と言えた」と振り返ります。健康な体にメスを入れるためです。

 夫婦間となる妻からの臓器提供も同じように、健康な体にメスを入れることになりますが、芳和さんは「おやじと嫁さんは違う」ときっぱり言います。言葉ではなかなか説明できないものだとも言います。

 臓器移植ネットを通じて第三者から腎臓を提供してもらうことについては、「提供してくれた人や家族に感謝」はしつつ、こういった家族間の複雑な感情が少ないと考えています。

 

制度を変えて提供者が増えた韓国

 日本移植学会の「ファクトブック2016」によると、15年だけで1661例の腎移植手術が行われましたが、1494例が生体腎移植です。脳死は104例、心停止63例しかありません。

 芳和さんは、「チャンスがあれば、同じ病気の人にも移植を勧めたい」と話しています。「食事制限や人工透析をしていた時と比べ、こんなに楽に生活ができる。これから移植する人を応援したい」と話しています。ただ、こう付け加えていました。「移植に行き着くまで、誰に腎臓をもらうか、不安があるでしょうけど……」

 日本移植学会のHPに掲載されている「世界の臓器移植者数」(2012年)によると、人口100万人に対する臓器提供者数は、日本の0.9人に対して、韓国が8.4人、アメリカが26.0人です。

 「患者を生きる・移植編」の取材で、腎臓や肝臓を中心に多くの移植に携わる医師を取材しましたが、韓国では医師が脳死者の発生を報告し、脳死が近い患者の家族には主治医以外の医療スタッフが臓器提供について説明していることを話題にしていました。その制度を参考に日本でも国民的な議論をしてもいいのではないかという人もいました。

 臓器提供するか、しないか。今の日本の法律では、必ず提供しなくてはいけないわけではありません。

 日本は、臓器提供できる施設が限られ、さらに提供するかしないかを家族に説明するかは医療現場にゆだねられています。移植手術を多くする病院でも、臓器提供がほとんどない病院があります。移植するのは移植外科ですが、臓器提供を判断する現場は、救急や脳神経外科などの違いがあります。また、腎不全の場合でも、「透析の選択肢は示すけど、移植の選択肢を示さない腎臓内科医もいる」と、ある医師は話していました。地域差があるとも言います。

 また、臓器移植法は、国民的議論が高まらないとなかなか変えられないのが現状です。

 久奈さんは、「脳死になって、臓器提供をするにしても、その後、どうなっていくのか、情報がない。情報があるのは、提供を受けた患者側だけ。摘出された後、体がどうなって戻ってくるのか、当事者になる前にイメージがわくように情報提供が必要だと思う」とも話していました。韓国でも、有名人や宗教者の臓器提供が大きくメディアに取り上げられ、社会の空気感が変わったと言われています。

 

医療技術の進歩で増える不適合移植

 日本移植学会の「ファクトブック2016」では、生体腎移植が増加した原因として、夫婦間の非血縁間の移植、血液型不適合移植、高齢者の移植が増えたことを挙げています。血液型不適合の移植を後押ししたのは、ABO血液型の不適合移植で起こる拒絶反応を抑制する薬「リツキシマブ」の登場で、適合移植に近い治療成績を得られるようになってきたためです。厚生労働省も2016年に、保険適用を承認しました。

 ただ、血液型には、赤血球で4種類に分類するABO血液型と、白血球や細胞にあるHLA(ヒト白血球抗原)と呼ばれる型があります。移植には、レシピエントとドナーのHLA型の一致する割合も関係してきます。

 新潟大学医歯学総合病院の移植医療支援センター副部長の齋藤和英(さいとうかずひで)さん(56)は、「このHLA型でレシピエントの血清とドナーのリンパ球で反応を調べる『クロスマッチ検査』をして、陰性でないと拒絶反応を起こしてしまうので移植できない」と言います。拒絶されている抗原と同じ抗原を新たなドナーが持つことがあるためです。「現在の検査では、陰性と陽性といった区別だけでなく、抗体値が分かる。抗体値がそれほど高くなければ、抗体除去療法をしつこくやると、移植できる場合がある」とも言います。ただ、このような治療は、保険適用でないため、大学の倫理審査を経て、十分に安全を担保して行わなければならないと指摘しています。

 芳和さんと久奈さんも、再移植の「準備」として抗体除去の治療を受ける広島大学病院で、移植外科教授の大段秀樹(おおだんひでき)さん(55)ら医療スタッフから、同じような説明を受けたうえで治療を始めています。神戸市立医療センター中央市民病院でのドナー検査で、たまたま、「再移植の壁」が見つかりました。芳和さんが1回目の移植で拒絶反応を起こした守博さんの移植腎に対する抗体を持っていて、久奈さんがその抗体に反応する抗原を持っていたためです。

 岡本さん夫婦にとって、選択肢は、透析か、再移植のための抗体除去の治療しかありません。久奈さんは「よっちゃんが60歳とか70歳なら、私の腎臓をあげると言わない。まだ40歳代。人生はこれから。たとえ移植した腎臓が10年しかもたなくても、医療機器に縛られた生活でなく、自由に生きられればいい」と話しています。抗体除去の治療に、時間がかかることは理解しつつ、準備は「今から始めないと」と芳和さんを促したそうです。

 医療の進歩はめざましいですが、まだ分からないことがあります。大段さんによると、抗体を作るのは、主にB細胞である場合と、T細胞とB細胞がともに関連する場合があるといいます。ただ、岡本さんのような除去しなくてはいけない抗体が、どちらの場合であるのかは、医学的に解明できていないそうです。だから、B細胞の除去治療でうまくいけば短い期間で再移植ができるし、それでなければT細胞の除去を行わなくてはならなくなります。その治療のタイミングが安全性と抗体除去の効果に影響するとみられています。だから、大段さんのところに全国から集まる再移植を目指す患者も、抗体除去治療の開始から移植までの時間に大きな差がでてしまうそうです。

 大段さんは「これは個別化医療の一つとも言える。安全に行うには、時間をかけないといけない」「腎不全治療には、透析療法もあるので、(患者の不利益にならないように)絶対に安全に移植を行わなければならない」と言います。

 

拒絶反応のリスクを下げたい

 「毎月、(通院して腎機能の低下状況を示す)クレアチニンの血中濃度を調べていますが、数値があがると、それまでの1カ月間の生活を振り返って、何か悪かったんだろうな、と考えます」

 こう感じるのは、芳和さんだけではないはずです。慢性拒絶反応があらわれ、再移植の「準備」をする今も、「なぜ、あの時、服用する薬を減らしたんだろう」「なぜ、あの時、生検しなかったんだろう」と振り返ることがあるそうです。精神的な負担も少なくないと言います。

 移植を受けた人は、1~2カ月に1回の割合で通院して定期検査をする中で、免疫抑制剤やステロイド剤などの薬の服用数を減らしたいという気持ちを強く持っています。同じ病気で移植した人と比較しがちですが、人それぞれ適量は異なります。また、免疫機能が低下しているため、感染症には常に注意しなくてはなりません。ただ、感染症を発症したからといって、むやみに免疫抑制剤を減量あるいは中止すると拒絶反応を引き起こしてしまいます。免疫抑制療法の個別化の必要性が指摘されています。

 

これからの医療

 移植を受けた人たちが本当の日常生活を取り戻すことができるように、治療法や治療薬の開発、そして親族間の生体移植に頼り過ぎない移植医療の環境整備が進むことを願うばかりです。

 芳和さんが1回目の移植前に、10年後の久奈さん宛てに書いた手紙の末尾には、「10年で医療が発達して治れば、またみんなで海外旅行にでも行きたいな、その時を楽しみにしています」とありました。取材の時は、「iPSの研究が進んで他人の臓器に頼らなくて済むようになればね……」とも口にしていました。

 制度の改善と研究の進展が望まれます。

◇ご意見・体験は、氏名と連絡先を明記のうえ、iryo-k@asahi.comメールする へお寄せください。

<アピタル:患者を生きる・移植>

http://www.asahi.com/apital/special/ikiru/

(岩崎賢一)

岩崎賢一

岩崎賢一(いわさき・けんいち) 朝日新聞記者

1990年朝日新聞社入社。くらし編集部、政治部、社会部、生活部、医療グループ、科学医療部などで、医療を中心に様々なテーマを生活者の視点から取材。テレビ局ディレクター、アピタル編集、連載「患者を生きる」担当を経て、現在はオピニオン編集部。『プロメテウスの罠~病院、奮戦す』、『地域医療ビジョン/地域医療計画ガイドライン』(分担執筆)