拡大する写真・図版 有志で再建した拠点小屋。「大見HUT」と名付けたという(大見新村プロジェクト提供)

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 京都市最北端にある久多(くた)。山々に囲まれた約90人の小さな集落です。今回は「番外編」として、久多とゆかりが深く、今は「無住」集落になっている大原大見町での取り組みを紹介します。元住民の孫や街に住む人たちが「大見新村プロジェクト」というグループを結成、地域の再生や暮らせる可能性を探っています。9月23・24日には「大見新村ニューまつり」を開き、「限界集落を超えて『廃村』状態になったその先を考えたい」といいます。

「40年間無住」でも

 京都市左京区大原大見町(大見)は久多の南側に位置し、市街地から車で約1時間の山中にあります。

 久多との共通点は多く、京都と若狭をつなぐ「鯖街道」沿いで、琵琶湖へ注ぐ安曇川の源流域。「筏(いかだ)流し」の神への信仰とされる「思子淵(しこぶち)神社」もまつられてきました。市歴史資料館によると、鎌倉時代の文献に「久多大見庄」などの記述があり、同じ足利氏や寺の支配下にあったそうです。

 「大見新村プロジェクト」によると、大見はかつて「鞍馬炭」の生産地でしたが、戦後は炭の需要が低下。子どもの進学などもあり、1973年に集団離村したそうです。常時住んでいる人は見られず、元住民が週末の畑利用やお盆などで戻ってきている状態だといいます。

 同プロジェクト事務局の川勝真一さん(34)によると、新村の活動は2012年から。元住民の孫の藤井康裕さん(36)が大見で有機農業に挑戦することになり、建築を専門とする川勝さんに、コンポストトイレの製作依頼があったのがきっかけ。村を再生したいという藤井さんを代表として、川勝さんの友人らも集まり、「大見新村プロジェクト」が始まりました。

 村のインフラを整えようと、放置されたゴミを撤去したり、活動拠点の小屋を整えたり。昔営まれていた農ある暮らしを念頭に、耕作放棄地を「開墾」しての畑作りや、シカの皮なめし活動なども。現在の中心メンバーは京都・滋賀・愛知などの約10人で、30代が中心。「こんな活動をしてみたい」という個人の思いが「部」という形になり、活動の幅は広がったといいます。

 そんな中、昨夏、拠点小屋が火事に。元住民や近隣の自治会関係者へ謝罪にまわり、地域の中での活動であることを改めて実感したそうです。拠点小屋は有志で再建。6年目となるプロジェクトの展開を考える目的もあり、「ニューまつり」を開くことになりました。

 「まつり」では、他県の「無住」化地域で活動する人たちを招き、「廃村サミット」(24日)を開きます。「鯖街道」でつながる「上根来(かみねごり)里山再生プロジェクト」(福井県小浜市)と、かつての集落周辺の森の再生に取り組む「時ノ寿(ときのす)の森クラブ」(静岡県掛川市)の参加が決定。「撤退の農村計画」の編著者、林直樹・金沢大学准教授もゲストとして加わる予定です。

 都市近郊で豊かな里山環境の残る大見。川勝さんは「集落に定住者がいなくなったら、それで終わりではありません。大見でも、一足飛びの移住という形は難しいものの、もう一つの暮らしの場としての可能性を感じています。集落機能の維持や、再生に取り組んでいる人たちと意見を交わし、取り組みに生かしたい」と話しています。

 このほか、村の文化として新たな祭りを考え、作る「鹿舞(しかまい)」のワークショップ(23・24日)や、栃(とち)餅作り(23日)などのプログラムを予定しています。

 参加費は「ニュー村料」が500円、各プログラムは別途。詳細はHP(http://oomi-shinson.net/別ウインドウで開きます)やフェイスブックで。

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 このコラムは原則、月2回配信します。(福野聡子)