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 スイス・ジュネーブで開かれている水俣条約の第1回締約国会議(COP1)で28日、胎児性水俣病患者の坂本しのぶさん(61)=熊本県水俣市=が、閣僚級会合前の公式行事「水俣への思いを捧げる時間」でスピーチした。水銀被害で不自由な体で声を振り絞り、「女の人と子どもを守って下さい。一緒に(水銀汚染の根絶を)していきましょう」と訴えた。

 「捧げる時間」は、各国の代表らが水俣病患者らの声を聞き、悲劇を二度と繰り返さない決意を新たにする機会として設けられた。坂本さんは、症状の悪化に苦しむ胎児性患者たちが不自由な手で寄せ書きをしてくれたTシャツを着て、「みんなどんどん悪くなっています。歩けなくなりました」と、今なお続く被害の深刻さを訴えた。

 中学3年の時、国連人間環境会議が開かれたスウェーデン・ストックホルムを訪れ、水銀被害の恐ろしさを身をもって世界に伝えて以来、45年ぶりの欧州訪問。「私も悪くなっています。これが最後だと思って来ました。何べんも言ってきました。水俣病は絶対に終わっておりません。患者の気持ちになってやって下さい」

 会場には立ち見を含む150人ほどが集まり、息を詰めて見守った。「公害を起こさないで下さい。女の人と子どもを守って下さい。一緒にしていきましょう」。坂本さんが約8分間のスピーチをそう締めくくると、会場はしばらく沈黙したのち、大きな拍手に包まれた。

 このほか、環境省から水俣条約の親善大使に任命された熊本県立水俣高校2年の沢井聖奈さん(16)も英語でスピーチした。水俣市の西田弘志市長は、水俣病の認定患者で「水俣病資料館語り部の会」の緒方正実会長(59)から託された「祈りのこけし」を、COP1のマルク・シャルドナンス議長に手渡した。(ジュネーブ=奥正光)

坂本しのぶさんが水俣条約第1回締約国会議の「水俣への思いを捧げる時間」で話したスピーチ全文

私は坂本しのぶです。

水俣から来ました。

お母さんのおなかの中で水俣病になりました。

胎児性水俣病です。

みんなと同じにできません。

走ったり、水俣病になっとらんば(なっていなければ)いろんなことできたのにと思えば悔しいです。(原因企業の)チッソは絶対許せません。

私は15歳の時にスウェーデンに行きました。

水銀のおそろしさを伝えに行きました。

61歳になりました。

みんなどんどん悪くなっています。

歩けなくなりました。

このTシャツは胎児性の人が書いてくれました。

みんなの気持ちを持ってきました。

私も悪くなっています。

これが最後だと思って来ました。

何べんも何べんも言ってきました。

水俣病は絶対に終わっておりません。

今も裁判で闘っている人がおります。

水銀が埋め立て地にあります。

県も国も何もしておりません。

患者の気持ちになってやってください。

水俣病は終わっておりません。

公害を起こさないでください。

女の人と子どもを守ってください。

一緒にしていきましょう。