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 幕末の1837(天保8)年に大坂で起きた「大塩平八郎の乱」については、蜂起から150年もたって重要な史料の刊行が相次いだ。

 一つは、1987年の国立史料館編「大塩平八郎一件書留」。乱にかかわった約800人の「吟味書」などの詳細な裁判記録だ。乱後、大坂の知人の家に潜伏した大塩は約40日後に見つかり自害。中心人物の多くは捕まって牢に入ったが、平均2カ月足らずで牢内で「病死」していた。密告者や逃亡者、隠匿者の記録もある。幕府側の意図から作成された面も否定できないとはいえ、この史料で乱の全体像が明らかになった。

 次は、90年の仲田正之編校訂「大塩平八郎建議書」。静岡県伊豆の国市の公益財団法人「江川文庫」は、江戸時代に韮山代官を務めた江川家に伝わる古文書や資料を所蔵する。そこに大塩関係の文書があると別の研究者が指摘していたが、県立高校の教諭で文庫の資料を整理していた仲田さん(70)は「もっと、あるはず」と考えた。探してみると、洋書に挟まれて縄で縛られた文書が出てきた。

 蜂起の直前、大塩は大坂から江戸の幕閣に宛てた建議書(密書)を飛脚に託したが、箱根と三島の間で盗難に遭った。散乱していた書類は、代官の江川太郎左衛門(坦庵)の手で回収された。江川は幕府に届けるのを引き延ばしつつ、こっそりと書き写させ、保管した。仲田さんが見つけたのはその文書だった。

 建議書は幕府を震撼(しんかん…

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