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 「大塩平八郎の乱」の痕跡は、大阪市の中心部だけでなく郊外にも残っている。

 大阪府門真市の京阪電鉄西三荘駅から北へ10分ほど歩くと、住宅地に「茨田(まった)公園」がある。片隅に「茨田邸跡」の大きな石碑が立っている。

 茨田家は江戸時代、この辺り「門真三番村」の村役人を務めた豪農。11代の郡士(ぐんじ)(軍士などの表記も)は陽明学者の大塩の門弟となり、乱に参加した。乱後、郡士は自首して牢内で死亡。家は断絶するが、後に再興された。戦後の1969(昭和44)年になって子孫の女性が亡くなると、家は再び絶えた。家屋敷を引き継いだ門真市が公園として整備し、石碑を建てた。

 お盆の8月15日、石碑の前に地元自治会などから20人余りが集まり、茨田家の慰霊祭を営んだ。僧侶の読経が流れるなか焼香。門真市長の宮本一孝さんが「地域で慰霊祭を続けていただき感謝します」とあいさつした。自治会長の川口準一さん(69)が、まだ屋敷があった少年時代の思い出を語る。「いつも門は開いていて、夏はよくセミとりに入った。最後の女性は『茨田のとおさん』と呼ばれていました」。とおさんは船場の言葉でお嬢さんの意味だ。

 毎夏の慰霊祭は公園ができてか…

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