広島市中区の平和記念公園の一角にあり、身元不明者や引き取り手のない約7万人分の遺骨が眠る原爆供養塔に、約40年にわたって通い続けた被爆者の佐伯敏子(さいきとしこ)さん=同市東区=が3日未明、心不全のため広島市内の病院で死去した。97歳だった。葬儀は近親者で営まれた。

 佐伯さんは1919年、広島市生まれ。夫の出征後、爆心地近くの実家で暮らしていたが、当時4歳の息子の疎開先だった郊外の親族宅に原爆投下前日から身を寄せ、直接の被爆は免れた。ただ、原爆投下直後に家族を捜すため、広島市内に入って被爆。原爆投下から70日余りで、母や兄妹、夫の両親ら親族計13人を失った。

 いったんは夫の仕事の都合で広島を離れたが、58年に再び広島へ。原爆供養塔の存在を知り、塔を守ろうと草むしりなどの掃除をするようになった。当時は見つからなかった夫の両親の遺骨が69、70年に相次いで見つかり、区切りにしかけたが、「自分の家族が見つかったからやめるのはおかしい」と息子に言われ、掃除を続けた。

 「死者たちに言葉があるとした…

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