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「恍惚(こうこつ)の人」から「希望の人びと」へ:4(マンスリーコラム)

 認知症と診断されたとき、本人の意思はどこまで生かされるのか。本人の思いの対極にあるものは何だろうか。

 忘れられない夜がある。

 10年以上前の冬、首都圏にあるグループホームに泊まらせてもらった。玄関を入ると、「幸福の木」と書かれた観葉植物がホールにあった。ドラセナだ。ここで暮らす人生の大先輩たちに、「幸福、幸せ」について尋ねてみた。

 アイさん(当時71歳)はしみじみと言った。

 「そうねえ、子どもたちが元気でいることかしら」

 そして、「だからぁ、お姉さんも病気してはだめよ」と私を気遣ってくれた。

 前日、夜勤のスタッフに「殺してやる!」と叫んでいた声との差。こんなに穏やかなアイさんがいるんだ、と驚いた。

 チエコさん(当時71歳)はシャキシャキとしていた。

 「幸福? よく聞いてくださったわ。私、そういう話がしたかったのよ。私、幸せだなって、言ったことないと思う。私から遠い言葉。好きなことして生きてきましたけどね。幸福って、口に出すと、壊れるような気がするからかしら」

 前日にあいさつしたとき、「ここで人生を終わりたくない」と言ったのが気になっていた。

 施設長によるとアルツハイマー病で、介護保険の認定では要介護1。本人は自宅で一人暮らしを続けたかったが、きょうだいがこのグループホームをすすめたそうだ。

 入居の日、玄関に「痴呆(ちほう)対応型生活介護施設」の看板がかかっているのがつらかった、と話してくれた。

 「弟が私の家を売ってしまったからもう帰るところはないの。でも、病気の重い人やわけのわからない人と一緒に、このままここにいるのは耐えられませんよ。施設長と1回ちゃんと話さないとね」と嘆いた。

 どんないきさつがあったのだろう。一度限りの人生なのに、本人の思いをもっと生かす支援ができないものか。

マキロップさんが感じた恐怖

 当事者の思いの対極にある、その最たるものは、意に反した精神科病棟への入院だと私は思う。

 2015年11月、認知症当事…

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