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 「蟬(せみ)しぐれ」「たそがれ清兵衛」など哀歓響く作風で知られる作家、藤沢周平(1927~97)が、デビュー前後の13年間にわたって胸の内をつづった手帳とノートの内容が初めて公表される。没後20年の節目に、一人娘の遠藤展子さんが来月刊行の単行本などで内容を明かす。亡き先妻と追いかけた作家への夢、小説への熱情など若き日の思いが伝わってくる。

 1冊の黒い手帳で始まり、ノートが3冊。遠藤さんが生まれた63年から76年にかけて藤沢が記した。

 最初の手帳には遠藤さんが生まれて8カ月後、28歳で他界した先妻悦子さんへの愛情がつづられている。業界紙の記者をしながら作家を目指していた藤沢と共に夢を追いかけていたという。亡くして20日余り後、「波のように淋(さび)しさが押し寄せる。狂いだすほどの寂しさが腹にこたえる。小説を書かねばならぬ」とつづった。文面をたどって若き日の父と出会った格好の遠藤さんは「書き続けていたから、あの苦しいときを父は乗り越えられたんだな」と今にして思う。

 また、デビュー8年前の63年に「直木賞は欲しい。達者にならないで、初心な文章を書くように努力しよう」と記しており、既に作家になる決意を固めていたことが読み取れる。

 73年に「暗殺の年輪」で直木賞を受けてからも「徹底して美文を削り落とす作業にかかろう」と書き、自己分析を重ねる姿が浮かぶ。これらを精読した文芸春秋の吉安章・文芸出版局長は「駄作がない、と評される作家の、デビュー前から通じる姿勢と道のりを伝える記録」と語る。

 手帳の内容や経緯を遠藤さんが語ったインタビューが21日発売の「オール読物11月号」(文芸春秋)に掲載され、単行本「藤沢周平 遺(のこ)された手帳」(同)が11月29日に刊行される。(木元健二)