【動画】募金を呼びかける清川千里さんの友人たちと家族=岩崎賢一撮影
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 「今から家に帰るからパーティーしよう」

 「ハロウィーンまで待っていられないので明日」

 「少しでも意識があるうちに」

 2010年10月28日夕、清川千里さん(当時13)の母、慶子さん(54)は、東京都内の病院から親友の栗栖結衣さん(19)のママにメールを打った。

 「大丈夫、行くよ」

 病状を聞いていたためか、快諾してくれた。

 千里さんは小学生のころ、毎年のようにせがんできた。「ママ、家にお友だち呼んでハロウィーンパーティーやりたい」。しかし、バレエの発表会の直前だったため、慶子さんは聞き流してきた。

 この時は違った。

 小学校の卒業式直前に見つかった骨肉腫の進行は早かった。5月末、「毎日一回は闘病日記として書いていこうと思います」とつづった千里さんのブログも、10月になるとほとんど更新されなくなった。

 この日、千里さんには埼玉県所沢市の自宅に「一時帰宅」と伝えた。でも、家族は看取(みと)りを覚悟していた。

 「パンプキンケーキは嫌いだから、チョコレートケーキにして」

 そんな千里さんの希望もかなえて、29日、ベッドが置かれたリビングで、栗栖さん家族とのパーティーが始まった。酸素吸入器を枕元に置きながら、ケーキとピザの耳の部分を少し食べた。結衣さん姉妹が、ストッキングを顔にかぶって引っ張り合うゲームをすると、笑みが漏れた。

 30日、千里さんのブログにはパーティーの様子がアップされていなかった。

 「ブログ、アップしてないじゃん」

 慶子さんが尋ねると、千里さんはつぶやいた。

 「もう手に力が入らないから打てない」

 最後のブログは、姉に打ってもらった。

 「次の治療までうちにいれるんだ」

 11月1日、千里さんは息を引き取った。

 翌年、命日を前に慶子さんは同級生をハロウィーンパーティーに誘った。

 「軽い気持ちで行っていいのかな」。同級生にはためらいもあった。でも、慶子さんには思いが芽生えていた。「集まれるなら、意味あるものにしたい」

 12年からは同級生と一緒に仮装し、街で小児がんの研究を応援する募金を呼びかけ始めた。

 28日夜、JR東所沢駅前。今年もみんなで、パンプキンや魔女の姿で立った。(岩崎賢一)