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 今年生誕150年を迎えた正岡子規と夏目漱石が52日間同居したとして知られる松山市の建物「愚陀仏庵(ぐだぶつあん)」。戦災で焼失して別の場所で復元され、7年前に豪雨で全壊していたが、元々の跡地を所有する不動産会社「濱商」(松山市)が再建する方針を固めた。

 濱本道夫社長は理由について、「(子規が晩年を過ごした)東京の『子規庵』はボランティアの運営で大事にされている。愚陀仏庵も元々あった場所で復元させたかった」と述べた。

 愚陀仏庵は、漱石が1895(明治28)年に県尋常中学校(現・松山東高校)の英語教師として松山に赴任した際の下宿で、かつては松山市中心部(二番町3丁目)にあった。子規が一時居候し、52日間漱石と一緒に過ごしたことで知られている。1945年に戦災で焼失したが、県が82年に松山城そばの萬翠荘(ばんすいそう)の敷地内(一番町3丁目)に建物を復元し、観光名所や句会の場所になっていた。しかし、2010年の豪雨で裏山が崩れ、全壊した。

 県と市は再建に向けて復元検討…

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