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 戦後日本で最も経済破綻(はたん)が近かった日をあげるなら、ちょうど20年前の1997年11月26日である。多くの銀行で深刻な取りつけ騒ぎが起き、金融恐慌寸前となった。報じられなかった事実もふくめ、当事者たちの記憶をたどって改めて歴史に刻みたい。これからの私たちのために。

 あの日の記憶をたどると東京・日本橋にある日本銀行記者クラブの小窓から見えた曇天がよみがえる。

 97年11月26日、全国の約20銀行の本店や支店に預金者が殺到した。これだけ広域に取りつけが起きた例は、終戦直後の混乱期を除けば戦後初めてだろう。

 午前10時ごろ全国各地の記者から取りつけが起きているとの電話が相次いだ。私は急ぎ東京駅近くの安田信託銀行(現みずほ信託銀行)本店ビルに走った。入り口に客の姿はなくホッとしたのを覚えている。

 だが扉を開けて、血の気が引いた。ふだんは客もまばらなロビーが、まるで満員の通勤電車内のように客であふれていた。外部に取りつけを見られるのは信用不安を広げるので厳禁だ。安田信託もその鉄則を守り、すべての客を無理にでも店内に押し込んでいた。

 この日の朝、仙台市に本店がある徳陽シティ銀行が経営破綻を緊急発表していた。その9日前、11月17日には北海道拓殖銀行が都市銀行で初めて破綻。24日には4大証券の一角、山一証券が自主廃業を決めた。大型破綻で預金者に高まっていた不安が地方銀行の破綻で一気に頂点に達した。

 このころ信用不安に見舞われた銀行の現場では数日で億円単位の預金が流出したところもあったようだ。

 「平時は1千万円ほどしか置かない支店に億円単位の現金を備えさせた」「山一証券の小さな支店に現金3億円を運んだ」。元銀行員たちの証言は生々しい。

 最も激しい取りつけにあったの…

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