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 時津風部屋の力士暴行事件で序ノ口力士だった長男を亡くした新潟市の斉藤正人さん(61)は、会見の様子を直視できなかった。「身内の論理が優先される相撲界の体質は何も変わっていないと思った。息子の死は何だったのかと思うと、とても見られなかった」

 入門間もなかった俊(たかし)さん=しこ名・時太山(ときたいざん)=(当時17)は2007年6月、愛知県犬山市の宿舎でのけいこ後に急死した。当時の時津風親方や兄弟子がぶつかりげいこ名目で金属バットで殴るなどしたのが原因だった。

 当初は病死として扱われていたが、傷だらけの遺体を目の当たりにした遺族が新潟大に解剖を依頼して暴行が明るみに出た。斉藤さんは「今回も表に出るまで時間がかかった。日馬富士の引退も、相撲協会が何かを決断したわけじゃない。10年経って改善するどころか、身内に甘い体質はそのままだ」と話す。

 前親方の初公判直後に体調を崩し、杖なしでは歩けない。それでも相撲界が変わることを信じて裁判所に足を運んだ。それから10年。斉藤さんは仏壇の俊さんの写真に手を合わせると「ごめんな。何かが変わると思ったんだけどな」と語りかけた。