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 一瞬を捕らえる、って大事。

 その日は、前日の台風通過のあと。かえって雨も風も強い日。入院患者さん、窓もドアも閉めひっそりと過ごしていた。夜の7時すぎ、廊下を歩っていると、東の空がポーと明るい。照らされた雲の合間に、まあるいお月さんが見えた。思わぬところに秋の到来。そうだこの月、7号室のりえさんに見せてあげよう。

 りえさんは46歳の美人さん。医者嫌いで病院嫌い。フラフラになってようやく近くの医者にかかった。貧血がひどく総合病院に紹介。大腸がんが大きくなって腹壁に浸潤。腸閉塞(へいそく)も生じていた。手出しできず、当診療所へ。こんなになるまで我慢できる力に敬服した。りえさんは子どもの時に知的障害の診断を受けていた。いじめも受け、苦労をした。就職しても「どうせ障害者ワク」と白い目で見られ、職を転々。両親も悩み、人と会わずに済む仕事を探した。新聞配達。朝4時起床、20軒の配達、16年間続けた。

 回診で「痛みは?」と聞くと「どっこも痛うない!」と。「先生~、粥(かゆ)とミソ汁食わせて!」。厨房(ちゅうぼう)さんに用意してもらうと一口食べて「ええ、もういらん!」。「カツ丼、まかない丼、食いたい!」。老舗のカツ丼を買ってくると、一口食べて、「いらん!」。言葉はいつも直球だった。病巣は進行、自壊し出血する。大きなガーゼで圧迫した。

 鎮痛剤でベッドに眠るりえさんを、夜勤の皆で屋上に上げた。真正面の山の端、秋の満月。「わったい、なんちゅこったあ。こりゃあすごい、きれいなお月さん。りえちゃん! お月さんだでー。ありがたいなあ」と腰の不自由なお母さん。ただ空に月が在るというだけのこと。それをこれだけ感動し、感謝する力に思わず頭を下げた。そして月は、雲間にと消えていった。

 

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。