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 広島平和記念公園(広島市中区)にある原爆供養塔内の約7万柱の遺骨のうち、名前が分かりながら遺族が判明していなかった815柱の中の1人の遺骨が72年ぶりに遺族の元に戻った。長年遺族捜しを続けている市によると、遺族が判明したのは2010年以来、7年ぶり。この遺族は「もっと早く家に帰してあげたかった」と話している。

 遺骨の主は、広島市西区の高橋久(ひさし)さん(88)の父の脩(おさむ)さん(当時43)。爆心地に近く、現在は平和記念公園になっている旧中島本町で写真館を経営していた脩さんは、警察補助員として派出所に詰めていたときに被爆死した。久さんは郊外にいて無事だったが、母のよし子さん(当時39)と弟の力(つとむ)さん(同13)も犠牲になった。

 久さんは十数年前、市が各所で貼り出した遺族捜しのポスターで、父の名に似た「高橋修」の名前を見つけた。問い合わせたが特定に至らず、諦めた家族は、写真館のあった場所にほど近い供養塔を墓だと思って手を合わせてきた。

 転機となったのは、旧中島本町の町並みなどを忠実に再現したアニメ映画「この世界の片隅に」。片渕須直監督の取材に協力した久さんは、街の様子や暮らしていた人々について生き生きと語った。映画を見た久さんの長女大木久美子さん(58)は「遺骨捜しという『宿題』が残っているような気分になった」という。

 大木さんは今年8月、もう一度…

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