天皇の代替わりを、また違ったまなざしで見つめる人もいる。

 沖縄県名護市議の川野純治さん(63)。学生運動家だった1975年7月、沖縄を初訪問した皇太子時代の天皇陛下の車列に向かって、仲間と牛乳瓶や角材などを投げた。車列は無事だったが逮捕され、公務執行妨害罪で懲役1年6カ月の実刑判決を受けた。

 太平洋戦争末期の沖縄戦では10代半ばの学生まで戦場に駆り出され、多くの住民も「集団自決」に追い込まれた。陛下個人への反感はなかったが、「沖縄戦での天皇の責任を問うための行動だった」と振り返る。

 そうした事件があっても、陛下は沖縄と向き合い続けた。皇太子時代の会見で「どうしても記憶しなければならない四つの日」の一つに沖縄慰霊の日(6月23日)をあげた。沖縄訪問は10回を数えた。

 「天皇制と、天皇の名の下に地上戦を経験した沖縄の歴史は切り離せない。その負の部分を引き受けようとされたのではないか」。川野さんはそう想像する。

 事件についてはいま「若気の至り」と反省する。もし機会があれば、当時のことを謝りたい。ただ、天皇への願いは変わらない。「退位され代替わりしても、この沖縄に天皇家として向き合い続けてほしい」(山下龍一)