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 プロ野球・日本ハムから大リーグのエンゼルスに移籍が決まった大谷翔平(23)の背番号は、「17」になった。日本での5年間で慣れ親しんだ11番に別れを告げ、17番とともに米国で新しい伝説をつくる。

 エンゼルスの背番号11は、1979年に球団史上初の地区優勝を果たしたときの監督だったジム・フレゴシがつけていたため、いまは永久欠番になっている。心機一転の米国で、大谷の背中に巡ってきたのは、17番だ。

 9日(日本時間10日)の記者会見で17番の理由を問われたとき、大谷はかすかにほほえんで答えた。「本当は27番にしようかなと思ったのですが、埋まっていたので17番にしました」。集まった約1千人のファンが、どっとわいた。

 それもそのはず、27番はアメリカンリーグのMVPを2回受賞したチームの大スター、マイク・トラウト(26)の背番号だからだ。大谷は、ちゃめっ気たっぷりのジョークでファンの心を早速つかんだ。

 大谷が17番をつけるのは初めてではない。岩手・花巻東高の1年生だったとき、夏の全国高校野球選手権岩手大会での背番号が17番だった。実は花巻東高にとって、17番は少し特別な番号になっている。

 「左投手なら16番とか、私の勝手なイメージがあったんです。17番は、将来エースにと期待する投手につけさせていました」と花巻東高の佐々木洋監督(42)は明かす。伝統が確立したのは2007年。当時1年生の菊池雄星(26、現・西武)が17番だった。夏の甲子園で147キロの直球を投げ、観客席がどよめいた。

 菊池にあこがれて花巻東高に進んだ大谷以降も、「エース候補=17」は脈々と続き、近年では16年に広島入りした高橋樹也(20)が2年生の夏に17番をつけていた。この秋、東北大会準優勝に貢献した西舘勇陽投手(1年)も17番だ。

 偶然か、必然か。大谷は特に意味はない、としながら、こうも言った。「僕が新たな気持ちで、ここでがんばっていくときに、17にしようかなと思った」。17番で、初心に帰る。(山下弘展)