拡大する写真・図版 ノーベル平和賞の授賞式で、笑顔を見せるサーロー節子さん(右)と「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のベアトリス・フィン事務局長=10日午後、オスロ、林敏行撮影

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 ノーベル平和賞の授賞式で10日、受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN〈アイキャン〉)のベアトリス・フィン事務局長(35)と、カナダ在住の被爆者のサーロー節子さん(85)による講演は、世界にはびこる「核抑止」の考え方からの脱却を明確に求めるものだった。

 フィンさんは、安全保障よりも、核兵器が使われた際にもたらされる「想像を超える規模」の非人道的影響について、最も問題視するべきだと強調した。

 それを実例として補強したのがサーローさんの被爆証言だ。がれきの中からはい出して目にした惨状を「肉や皮が体から垂れ下がっている人たち」などと生々しい表現で語った。

 核の危機は過去のものとは言い切れない。フィンさんは、北朝鮮の核開発などを念頭に「核兵器が使われるリスクは、今日、冷戦が終わった時よりも大きくなっている」と指摘。核兵器は誤って使用される可能性があり、その「恐怖」の下での生活を避ける「自由」を取り戻し、今とは違う「未来」が可能だと三つのキーワードを使って訴えた。

 こうした考え方は「理想論」と否定されがちだ。だが、ICANは、核兵器を別の核兵器で押さえ込む「核抑止」から生まれる恐怖の均衡状態が、本当に現実的なのかと問いかける。むしろ、核禁条約で核兵器を倫理的にも法的にも「絶対悪」と認め合うことで各国が核を使わず、核を減らしていく方が現実的な道ではないかとの考えだ。

 1974年、非核三原則など核不拡散への取り組みが評価され、佐藤栄作元首相は日本人で初めてノーベル平和賞を受賞した。オスロでの講演で佐藤氏は、日米安全保障条約を通した集団安全保障の重要性を訴えた。米国の「核の傘」「核抑止」に頼るということだ。日本政府は今も、この姿勢は崩さず、核禁条約には否定的だ。

 それから43年。ノーベル平和賞の受賞講演で、初めて被爆者として登壇したサーローさんは、日本など「核の傘」の下に身を置く国々に、核禁条約へ歩み寄るよう強く求めた。サーローさんとフィンさんは、核禁条約を「暗い時代の光」と表現した。それは、サーローさんが被爆して、がれきからはい出すときに見た「光」にもなぞらえた。(オスロ=松尾一郎)