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 豊臣秀吉が築城し、徳川家康が再建した伏見城跡(京都市伏見区)で、関ケ原の戦いの前哨戦(1600年)で焼けたとみられる石垣がみつかった。民間の発掘調査会社「四門(しもん)」が14日発表した。専門家によれば、伏見城跡で築造時期が特定できる石垣がみつかるのは珍しく、なぞに包まれた伏見城の実像に迫る貴重な発見としている。

 伏見城は秀吉が1592年、京都・桃山の指月(しげつ)の岡に築城を始めた(指月伏見城)。慶長大地震で倒壊したが、北東の木幡山(こはたやま)に再建された(木幡山伏見城)。関ケ原の戦いに先立ち、西軍が城を囲み、籠城(ろうじょう)する家康の家臣に対して攻撃(伏見城の戦い)。城は焼失したが、その後は家康が再建して支配下に置いた。

 調査では、木幡山伏見城の天守の西側にあたる斜面の下から、南北方向に石垣の1段目と基礎となる根石が幅約4メートル分出土。石は赤く変色して割れ、焼けた土にも覆われていたため、城が焼失した際に焼けた痕跡とみられる。

 その約2・5メートル西側から…

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