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 日中戦争中の「南京事件」について考える集会が各地で開かれている。旧日本軍による残虐行為の象徴とされるが、当事者が高齢化し、直接事件を知らない子ども世代が語り継いでいる。南京陥落から13日で80年。事件を否定する声もあるなか、関係者は記憶の継承を続ける。

 大阪市内で9日にあった集会。中国から招かれた陸玲さん(75)が、約80人を前に語った。

 陸さんによると、母親の故・李秀英さんは1937年12月、乱暴目的の旧日本兵に襲われた。銃剣で顔や腹を刺され、おなかの赤ちゃんを流産。病院では、37カ所の傷が確認されたという。戦後は語り部として体験を伝えてきた。

 事件から5年後に生まれた陸さんに当時の記憶はないが、証言する母親に付き添ってきた。「母の遺志を継ぎ、南京で起きたことを伝える」。陸さんは発言の最後にそう語った。

 主催したのは「南京大虐殺60カ年全国連絡会」のメンバー。約20年前に結成され、各地で連携して集会を開いてきた。今回、陸さんは名古屋市や静岡市での集会にも参加。13日夜には東京都内でも思いを語った。

 連絡会の集会には、事件を体験した生存者が招かれてきた。ただ、高齢化で来日が難しくなり、一昨年が最後になった。

 福岡市内で2日にあった集会では、元日本兵を父にもつ福井県鯖江市議の山本敏雄さん(68)が講演した。父が残した中国戦線での手記を紹介。戦後、孫をおぶった父が「こんな可愛い子を殺した」と山本さんに漏らした話も明かした。

 連絡会の西尾達・共同代表(63)=福岡市=は「生の証言を聞くことはもう難しいが、ネットなどでは虐殺行為そのものを否定する声も広がる。今後も集会は続けていく」と話す。

 銃剣で襲われた李さんは約20年前に書籍で証言を疑問視され、訴訟に踏みきった(05年に最高裁で勝訴)。13日夜には「南京戦の真実を追求する会」が都内で集会を開いた。チラシには「南京事件はなかった」「外務省はホームページから南京事件の項目を消せ」とあり、国会議員も参加した。外務省は「非戦闘員の殺害や略奪行為は否定できない」とした上で「被害者数は諸説あり、政府として認定は困難」としている。

 「南京事件」の著書があり、被害者数を「十数万~20万人」とみる笠原十九司(とくし)・都留文科大名誉教授(中国近現代史)は数年前に大学で講演した際、学生から「偏っている」と言われたという。「若い人には、私も否定論者も『極端』と映る。結果として、歴史への無関心が加速してしまっている。弱い人が犠牲になる戦争のリアルを想像する機会を提供していく必要がある」と話した。(岩崎生之助)

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 〈南京事件〉 1937年12月、旧日本軍が国民政府の首都だった南京を攻略した際、市民や捕虜の殺害、暴行に及んだとされる。中国側は、戦後の軍事法廷の判決などから「犠牲者は30万人」と主張。日本の研究者の間では「約4万人」や「十数万~20万人」の説が有力な一方、「虐殺はなかった」との主張もある。外務省は「非戦闘員の殺害や略奪行為は否定できない」とした上で「被害者数は諸説あり、どれが正しいか認定は困難」としている。